ゆかりさん再び登場


 俺の隣に結衣花が引っ越してきて最初の日曜日になった。

 一人暮らしを始めた結衣花だがまだ高校生という事もあり、毎週日曜日は自宅に帰ることになっている。


 コインパーキングに車を駐車したあと、俺達は閑静な住宅街の道を歩いていた。


「送ってくれてありがとう」

「気にするな。ゆかりさんにも挨拶をしておこうと思っていたしな」


 結衣花の自宅に向かって歩く途中、小さな男の子の声がした。


「うわ~ん! 猫之介~!」


 公園の端で幼稚園児くらいの男の子が泣いている。

 見るとすぐ近くの木の上で、小さな子猫が身を縮めて震えていた。

 

 首輪も付いているし、きっと飼い猫なのだろう。

 助けてやりたいがさすがに高い。しかも子猫は少し風が吹くだけで揺れるほど細い枝の上にいる。


「お兄さん、なんとかならない?」

「助けてやりたいが枝が細すぎる。俺が登ったら折れてしまうな。よし!」


 俺はジャケットを広げて、子猫が落ちた時に受け止めようとした。


「おーい。こっちだ。安心して落ちていいぞ」

「猫ちゃん、反応ないね」

「ったく、照れ屋な子猫め」

「お兄さんの顔が怖いんじゃない?」

「なら笑ってみよう」

「やめたほうがいいよ。猫ちゃんだけでなく男の子も震え上がっちゃうよ」

「ひどいなぁ」


 おいおい、確かに俺は無愛想の塊のような人間だったさ。

 でも最近は丸くなった方なんだぜ。

 つっても、そんなに笑うことに自信はないんだけどさ。


 その時だった。


「任せなさい」


 凛とした声の主。

 それは結衣花の母、ゆかりさんだ。


 デニムジーンズにセーターを着た彼女は、羽織っていたジャケットを投げ捨てた。

 そしてポストや塀などの障害物を足場にして駆け上がり、子猫に向けてジャンプ。見事小枝の上にいた子猫を空中で捕まえる。


 そのまま子猫を抱えたまま、ゆかりさんは片膝をつくようにして着地を決めた。


「うっ、うう……。猫之介……。ひっぐ……」


 愛猫を抱きしめた男の子だったが、なかなか泣き止むことがなかった。ずっと子猫の事を心配していたから、自分の気持ちを抑えきれないのだろう。


 ゆかりさんは地面に落ちていた自分のジャケットを拾うと、男の子の前に来てしゃがみ込む。

 そして彼の髪を優しくなでた。


「誰かのための涙は尊いわ。でもその優しさは笑顔のために使いなさい。そうすれば誰かを守る強さになるから。以上」

「ひっぐ……。うん! ありがとう、お姉さん! 僕、もう泣かないよ!」


 なんてカッコいいシーンなんだ……って! なんだよ、このイケメンっぷりは!!

 一連の行動が凄すぎて完全に棒立ちになっていた俺は結衣花に訊ねる。


「なぁ、結衣花。ゆかりさんって本当にナニモンなんだ……」

「専業主婦」


 専業主婦ってみんなこうなのか?

 俺が思い描いている家庭的な雰囲気と全然違うんだけど、そうなのか?


 ゆかりさんは男の子が公園を出て行くのを確認した後、俺達の元へやってきた。


「お待たせ。二人を迎えに行こうとしたのだけど、恥ずかしいところを見せてしまったわ」

「どっちかって言うとすごいシーンでしたけどね」


   ◆


 その後、結衣花の自宅に上げてもらった俺はリビングでお茶を飲んでいた。


 すると結衣花はあることを思い出して、ゆかりさんに訊ねる。


「あれ? お父さんは?」

「書斎にいるわよ。たぶんお昼まで降りてこないから行ってみたら?」

「うん」


 そして結衣花は二階にある父親の書斎に行ってしまった。

 まだ親父さんに会ったことないけど、結衣花はずいぶん懐いているようだ。


 俺はあんまり父親と仲が良くないから、こういう関係に憧れるんだよな。


 ふと、ゆかりさんは声のトーンを抑えて話をしてくる。


「結衣花を任せるような形になってしまったわね。助かっているわ」

「いえ、こっちも助けられていますので。でもいくら楓坂が留守にするとはいえ、高校二年生の結衣花を一人暮らしさせるなんてよく許しましたね」


 するとゆかりさんは苦笑いをした。


「一人暮らしは私が切り出した話なのよ」

「え?」

「楓坂さんから一ヶ月以上留守にするから部屋をどうしようと相談を受けた時、私の方から結衣花に部屋を貸して欲しいってお願いしたの」

「それはどうして……」

「結衣花もいつかは一人暮らしをするわ。それにあの部屋なら笹宮君を頼りにできるしね」

「そうだったんですか」

「もしかしたら結衣花にも悩みがあるかもしれないわ。もしその時は娘に寄り添ってあげて」


 ゆかりさんが気弱そうにするなんてめずらしい。

 なにか心配事でもあるのだろうか……。


 すると、ここで結衣花がリビングに戻ってきた。


「ねぇ、お母さん。またお父さんがお徳用パックのお菓子を食べながら本を読んでたよ」

「そう、あれほど間食はしないようにって言ってるのに……。困った人ね」


 無表情ではあったが、間違いなく怒っているゆかりさんは静かに階段を上って行った。


「な……なぁ。結衣花のお父さん、大丈夫なのか?」

「今のところは健康だけど、ちょっと甘いものを食べ過ぎなんだよね。注意してるけど本人は控えるつもりがなくて困ってるんだよ」

「いや、そうじゃなくて。ゆかりさん、めちゃくちゃ怒ってたんだけど……」



■――あとがき――■

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次回、会社で新しい動きが?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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