2月13日(土曜日)屋上の真犯人


 旺飼さんを狙って無人スクーターをつっこませた真犯人が別にいる。

 そのことに気づいた俺は指令室を出て、急いでエレベーターへ向かった。


 エレベーターの中に入り、すぐ最上階のボタンを押すと、シュィィィンと駆動音を鳴らして上に上がっていく。


「チィ! 旺飼さんも先走りやがって」

「大将が一人で敵地に突っ込むと、困るのは下の人間だよね」

「まったくだ……って!?」


 声に気づいて横を見ると、そこには結衣花がいた。

 あまりにも自然で話し掛けられたから反応してしまったじゃないか。


「あのなぁ、結衣花……。なんでついて来てるんだよ。この先は危険かもしれないんだぞ」

「お兄さんが心配だから」

「俺の方が心配だ」


 すると結衣花はスンッとエレベーターのドアを見たまま、フラットテンションで言う。


「そんなふうに言われると照れるなぁー」

「棒読みで言ってもなにも伝わらないからな」


 だが今は結衣花と言い争っている場合じゃない。

 そもそも、こいつがついて来ると言ったら俺では止めることができない。


 ここでエレベーターが最上階の映画フロアに到着する。


「いいか、結衣花。絶対に後ろに下がってろよ。何が起きるかわからないからな」

「うん。なんだかワクワクするね」

「緊張感持とうぜ、女子高生」


 ったく、気分は探偵ごっこかよ。

 こっちはストレスで腹が痛くなりそうなのによ。


 とにかく今は旺飼さんの安全を確保することが優先だ。急ごう。


 俺達は映画館の隅にある非常出口を出て階段を上がった。

 あまり人が通らない場所のためカビ臭い。

 

 そして屋上へ繋がるドアを慎重に開いた。

 屋上のスペースは広かったが、大きな貯水タンクが二つあるっため、狭苦しく感じる。


 顔を出して様子を伺うと、貯水タンクの近くで旺飼さんが誰かと話をしていた。


 黒いジャージ姿で男ということはわかるが、ここからだと距離が離れすぎている。

 もう少し近づこう。


 俺と結衣花はゆっくりと裏に回り込み、もう一つの貯水タンクに身を隠した。


「くそっ……、相手の顔が見えないな」

「ここからでもまだ距離があるもんね」

「こういう時、思念波でカメラを遠隔操作したくなるよな」

「お兄さんって意外とオタク脳だよね」


 旺飼さんはというと、タバコを吸いながら誰かと話しているようだ。

 まるで呆れているかのように「ふーっ……」と煙を吐く。


「予想はしていたが、やはり君だったか」

「はぁ~ん。あんたみたいな冷酷非道な人間でも僕のことを覚えていたのか」


 これが真犯人の声!? 思っていたよりも若い男の声だ。

 しかも聞き覚えがある。

 誰だ……、俺はこいつを知っているぞ!


 旺飼さんはタバコを携帯灰皿に入れ、腕を組んで貯水タンクに背を預ける。


「こう見えて私はウジウジと悩む方でね。クビにした社員のことは忘れられないんだ。たとえそれが自分の落ち度でクビになった者だとしても。そう……張星はりぼし君のこともね」


 なっ!? 張星!!

 久しぶりに聞いた人物の名前に驚いた俺は、思わず声を上げそうになった。


 だが状況がわからない結衣花は訊ねてくる。


「誰?」

「結衣花は知らなかったよな。張星はザニー社の社員で、以前コミケの時に揉め事を起こしたんだよ」

「去年の夏コミケのこと?」

「ああ。最初は同じチームだったが打ち合わせの邪魔をした挙句、ブースを蹴飛ばして責任を取らされたんだ」


 たしかブースを潰した後、何かしらの処罰を受けたとは聞いていた。

 だがまさか会社をクビになっていたとは……。


 二十代後半の張星はポケットから取り出したスタンガンを構え、バチバチと音を鳴らして旺飼さんに近づく。


「それよりあんたが持っている四季岡レポートをよこせよ。それがあれば僕を引き取ってくれる企業があるんだ」


 四季岡レポート? ……さっき旺飼さんから渡されたあのSDカードのことか。


「あれはただの机上の空論だ。いい加減、無意味な噂を信じるのはやめたまえ」

「黙れぇぇぇぇっ!!」


 言いなりにならない旺飼さんにキレた張星は叫んだ。

 その時――、


 ……ガタ。


 エレベーターの方から音かした。

 見るとそこには楓坂が立っている。


 しまった! 旺飼さんを探す時に連絡したトランシーバーの内容が楓坂にも伝わったんだ。


「ぁぁ……」


 予想外の出来事に立ちつくす楓坂。

 それを見た張星は笑い声を上げた。


「楓坂……。ふっ……、ふっはははは! ちょうどいいじゃ~ん!! 僕をコケにした奴らは全員いたぶってやる!!」


 楓坂を襲おうと走り出す張星。

 俺は弾かれたようにその男へタックルを仕掛けた。


「張星!!」

「グッ!」


 俺のタックルを直接受けた張星は倒れ込む。

 すぐに立ち上がろうとしたが、俺は後ろから羽交い絞めにした。


「くっそぉ!! 離せぇ! 離せよ!!」


 この状況で離すわけないだろ。


「大丈夫か、楓坂」

「ええ……、ありがとう。助かりました」


 楓坂にとって土曜日は不吉な日だ。

 本当はなにもトラブルが起きないようにしたかった。

 くそ……、こんな現場を楓坂に見せてしまうなんて、俺のミスだ……。


 すると俺達の様子を見ていた張星が笑いながら叫んぶ。


「おい、楓坂ちゃん。なぁ~にビビってんの。知ってるよぉ。君さぁ、週末の災いとかいう都市伝説の犠牲者なんだって? ひゃひゃひゃ」


 ――と、その時だった。


 バシンッ! と、乾いた音が鳴り響く。

 それは張星の頬を楓坂が平手打ちした音だった。


「あびゃ?」

「以前はそうだったかもしれませんが今は違います。もう私はそんな絵空事で立ち止まりません」


 こうして張星は駆け付けた警備員に取り押さえられた。


 正直、俺も楓坂が怯えていると思っていた。

 だがいつのまにか彼女は自分の力で立ち直っていたようだ。


 なんか、俺の出る幕はなかったな。


 そう思った時、結衣花がシャツの端をクイクイと引っ張る。


「お兄さん、ちょっと……」

「ん?」

「ほら。はやく楓坂さんの傍に行ってあげなって」

「ああ、そうだな」


 俺が傍に行くと、楓坂は黙って体を預けてきた。

 まぁ、こんなことでも役に立てられて嬉しいよ。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、バレンタインイベントはまだ終わっていない?(ラブコメ的に)


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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