1月28日(木曜日)バレンタインのチョコは欲しいですか?


 一月ももうすぐ終わりだというのに、まだバレンタインの気配はしない。

 だが俺達はもう少しで開催されるバレンタインイベントに向けて動き出していた。


 商業施設での打ち合わせを終えた俺と音水は、駐車場に向かって歩いていた。


「バレンタインイベント、うまく行きそうですね」

「そうだな。あとは当日の人の動きだ」


 今回のイベントはザニー社が運営する『レイジスファンタジー』とコラボし、ゲーム内で購入した料理がリアルの自宅にも配達されるという仕組みを取っている。


 さらにイルミネーションが輝く商業施設前の通りでは各ショップが販売する屋台やキッチンカーが並ぶ予定だ。


 このイベントに合わせた新商品の発売。シチュエーション別ランキングなどをサイトで発表するなど、さまざまな企画をバレンタインに合わせて調整している。


「メインイベントは二月十三日と十四日の土日だ。この日、商業施設の生放送イベントを行うからな」

「気合が入りますね!」


 楓坂はちゃんとできるか心配っだと言っていたが、これだけ準備を整えれば大丈夫だろう。


 もちろん仕事は真面目にやりたい。

 だがそれとは別に、今回のイベントを無事に成功させて楓坂を安心させてやりたいという気持ちもあった。


「笹宮さん。そういえばバレンタインはやっぱりチョコ商品が売れるんですか?」

「最近はチョコにこだわらないそうだぜ。義理チョコ需要から自分ご褒美需要にシフトしているらしいしな」

「そうなんですか?」

「ああ。ちなみにアメリカだとクリスマスの方がチョコが売れるらしい」

「なんだか、イメージと違うんですね」


 ……と、ここで音水はぴょこんと俺に近づいた。

 いつもはワンコちゃんみたいに寄ってくるのに、今のはウサギみたいだ。


 音水ウサギは口ごもりながら訊ねてくる。


「じゃあ……ですけど。さ……、笹宮さんは……チョコとかもらっても嬉しくない感じですか?」


 音水もチョコをプレゼントしてくれる予定なのか。


 やんわりとはいえ、クリスマスの時に俺は彼女の誘いを断っている。

 しかしその後も普段通りに接してくれるだけでなく、こうして贈り物をしてくれる。

 それは一緒に働くものとして、助かることだった。


 今は俺のことをどう思ってるんだろうか……。

 この一言もただの社交辞令か、それともまだ俺のことを……。


 いやいや、よけいなことは考えるな。

 今は流れに身を任せて、返事をしておこう。


「バレンタインの贈り物か。そりゃあ普通に嬉しいぞ。毎年もらったものは全部食べてるからな」


 そう言った直後、音水はグルリとこちらを向いた。


「は?」

「え?」


 ……なに、この反応。

 すっごい驚かれてるんだけど。


「……俺、なにか変なこと言った?」

「毎年全部……って、どういうことですか?」

「言ったまんまだ。毎年バレンタインになると何人かの人がプレゼントをくれるんだよ」


 すると音水はヨロヨロと後退りをし、壁に背を預けた。

 真っ青になった表情には、絶望が色濃く反映されている。


「私の知ってる笹宮さんは表立ってはモテない陰キャラ系だったのに……。なんですか、その陽キャラエピソード……。幻滅ですよ……」

「おい。メチャクチャ失礼な先入観を抱きすぎだぞ……」


 やっぱり俺、もう嫌われてんのかな。

 とはいえ、贈り物に関してはちゃんと言っておこう。


「いちおう言っておくが、くれるのはクライアント先だ。しかも半分は男からだぞ」


 俺がそう言うと、音水は急に光輝く笑顔を取り戻した。

 にっこにこで俺のそばへ急接近する。


「なぁんだぁーっ! ですよねー! そうじゃないと笹宮さんじゃないですよー!」

「……お……おまえさ。もうちょっと先輩のことをリスペクトしろよ」


 このやろぉ……。さすがにちょっと見栄を張っておこう。


「まぁ、今年は彼女と過ごすつもりだけどな」

「無理しないでください。背伸びをしすぎるとこけちゃいますよ」

「……ひどすぎない?」


 とはいえ、今のはさすがに無理があり過ぎたか。

 バレンタイン当日はバチバチに仕事が入ってるんだからな。


 すると音水は妙なことを言い出した。


「やっぱり笹宮さんが一番相性がいい人って……結衣花ちゃんですか?」

「……なんでここで結衣花の名前が出てくるんだ?」

「だって……、笹宮さんが一番自然体で話してるのって結衣花ちゃんじゃないですか。もしかして~とか思って」


 確かに俺が一番気楽に話をしているのは結衣花だ。

 だがそれはさすがに問題がある。


「いや、それはいろいろダメだろ。そもそも俺が女子高生と付き合ったら、犯罪じゃないか」

「そう……ですよね。あはは! ちょっと言ってみただけです」


 本当に変なことを聞いてくる音水だ。

 楓坂のことを気にするのならわかるが、まさか結衣花との関係を疑うとは思いもしなかった。


 だが、結衣花がいなくなる生活って想像できなんだよな。

 でもいつかそういう日が来る。それは決定されていることだ。


 あと一年と少しか……。


 しばらく歩いた俺達は駐車場に到着した。

 すると音水は車の中に置いてあった別のカバンを取り出して、駅の方へ体を向ける。


「じゃあ、私はこのまま別のクライアントのところへ挨拶へ行ってきます」

「ああ。気を付けて行けよ」


 元気よく駅に向かって歩いていく音水。

 社会人として本当に成長したな。今なら彼女がクライアントと会うと言っても心配はなにひとつない。


「さて、俺は一度会社に戻るか……」


 自動車に乗り込もうとした時、若い男子の声が俺を呼んだ。


「笹宮……さん……でよかったでしょうか?」

「ん?」


 振り向くと、十代後半の爽やかな少年がブレザーの学生服を着て立っていた。


「あれ……、君は確か……」

「えっと……、な……夏目です。結衣花さんの友達の……」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、夏目君は一体なにを!?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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