1月2日(土曜日)初詣へ行こう!


 一月二日。

 三が日真っ只中ではあるが、今日は土曜日だ。

 これはダラダラ過ごせという神様からの思し召しなのだろう。


 いつも以上に力を抜いた俺は蒼井家を訪れる。

 玄関のドアを開けて現れたのは、暖かそうなダッフルコートを着た女子高生だった。


「おはよ。お兄さん」

「よお、結衣花」


 今日俺達は初詣に行く予定だ。

 車を使って遠出をしても良かったが、午後から蒼井家には親戚が集まるらしいので、すぐに帰って来れるように近場へお参りすることにした。


 とはいえ大晦日はお寺に行ったので、初詣は神社へ行こうという事になった。


「じゃあ、次は楓坂を迎えに行くか」

「楓坂さんは昨日、旺飼さんのところに泊ったの?」

「ああ。俺も誘われたけど、さすがに断ったよ」

「お兄さんにとっては、ほとんど上司みたいな人だもんね」

「まぁな」


 それに旺飼さんって、暇さえあれば楓坂と結婚する話を持ち出してくるんだよな。

 もし泊っていたら絶対にその話になるはず。


 別に楓坂が嫌というわけではないのだが、こういうことは周りで騒がれると余計に関係が進まなくなってしまう。困ったものだ。


 その後、楓坂と合流した俺達は目的の神社に向けて歩き出した。

 途中、楓坂は不機嫌そうに声をもらす。


「んむっ!」

「……どうしたんだ、楓坂」

「聞いてくださいよ。ひさしぶりに帰ったから今日の朝食を私が作ったんです。そしたら叔父様がなんて言ったと思います?」

「なんて言ったんだ?」

「信じられん。これは夢なのか……、ですって」

「……はは。そういえば楓坂が料理を作れるようになったことを旺飼さんは知らなかったんだよな」


 旺飼さんを擁護するつもりではないが、そう言ってしまう気持ちもわからなくはない。

 楓坂が俺の隣に引っ越してきた時は、卵を割ることすらできなかったんだ。

 それが今では普通にみそ汁と玉子焼きを作れるんだぜ?

 以前の楓坂を知っていれば、驚くのはむしろ自然な反応だろう。


 隣を歩く楓坂は少しだけ肩に触れるほど近づいた。


「今日からまたいつものマンションに戻りますけど、食事はどうしますか?」

「そうだな……。初詣の帰りにスーパーに寄って行くか」

「今日はさすがにダラダラしたいですし、おかずはお惣菜で間に合わせましょう」

「だな」


 そんなやり取りを聞いて結衣花は、


「二人の会話って、完全に熟年夫婦だよね」

「俺、二十七歳なんだけど」


 だが楓坂が隣に住むようになってもう四ヶ月を過ぎるんだぜ。

 これだけ頻繁に会うと、話す内容といえば日常の事ばかりになってしまうのは仕方がないことだ。


 逆に俺も楓坂もむやみに近づこうとしないので、いい距離感を保てている。


 こうして俺達は目当ての神社に到着した。

 厳かというより古さが目立つ神社だが、地元から愛されていることもあって正月は大盛況だ。


 神社へ続く道の両端にはいろいろな屋台も並んでいる。

 この賑わう雰囲気を味わえるのが初詣の魅力の一つだろう。


 参拝を済ませた後、楓坂が訊ねてくる。


「何をお願いしたんですか?」

「俺はこういう時、神様に感謝を伝えるだけにしているんだ」

「笹宮さんって、本当に欲が薄いですよね」


 そりゃあ願いたいことはたくさんあるさ。

 でもあんまりお願いばっかりすると、神様に悪いような気がするんだよな。


 こういうのは行事なんだからそこまで考える必要はないんだろうけど、ついそう思ってしまう。

 俺ってこういう時でも度胸がないんだよな。


 そうだ。今年の抱負は度胸を付けるにしよう。


「そういう楓坂は何を願ったんだ?」

「ささやかなことですが、世界が私を中心に平和でありますようにと……」

「スケールがデカすぎてハリウッドかと思ったぜ」


 楓坂って、神様に対しても遠慮がないんだな。

 感心はするが、見習いたいとは思えない。


「結衣花は?」

「もっと絵が上手くなりますように……かな」

「今でも十分だと思うけど」

「私はゆるキャラしか描けないから、いろんなことに挑戦してみようと思って……」

「そうか。応援してるぜ」

「ん。お兄さんならそう言ってくれると思った」


 すると冷たい風が急に吹く。

 去年の十二月から急に寒波がやってきた影響で、俺達の住んでいる地域も寒さが堪えるようになっていた。


 結衣花は寒さを防ぐように身を縮こませるが、やはりまだ寒そうだ。

 もしかするとオシャレ感を損なわないように、あまり着こんでいないのかもしれない。


「寒いのか?」

「うん、ちょっとだけ」


 ブルッと体を震わせる結衣花。

 そんな様子を見て、俺は自分が使っていたマフラーを彼女に巻いた。


「ほらよ」

「わ。あったかい」

「ま……。使ってくれ」


 視線をそらす俺の腕を結衣花は掴む。


「もしかして、自分で渡しておいて照れているの?」

「口に出すなよ。よけいに恥ずかしいじゃないか」

「お兄さんって、たまに男子高校生みたいな反応をするよね」

「うるせ」


 大人だろうが男子高校生だろうが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 そこに論理的な思考は存在しない。事実だけが現象として現れるのだ。

 こればっかりはどうしようもない。


「このマフラー、お兄さんの匂いがする」

「気に入ったなら、そのまま使ってくれ。返すのはいつでもいいよ」

「そう? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」


 満足そうに言う結衣花は、俺の腕を二回ムニった。


「歩きながらでも俺はスタンションポールか」

「まさにお兄さんの存在意義だよね」

「ふっ……。光栄の極みだ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、笹宮が実家に帰る!?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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