12月22日(火曜日)【結衣花視点】もう一つの行動


 火曜日。

 クリスマスまであと三日。


 リビングに座っていると、お母さんが声を掛けてきた。


「結衣花。またカレンダーを見ているわよ」

「あ、ごめん」

「ふふ……。いいのよ」


 私は気持ちを抑えるように、ぬいぐるみクッションを抱きしめた。


 十二月二十五日のクリスマスに、自分が描いたイラストがグッズになって先行販売されるのだ。

 これで落ち着けと言われても無理というものだろう。


 そういえばお兄さんが先行発売の時に買いに行くって言ってたけど、結局クリスマスはどうするんだろう。


 いい感じの人がいるっぽい話をしていたけど、後輩さんじゃなさそうだし……。


 他に可能性があるとしたら、やっぱり楓坂さんかな……。


 二人が付き合うとしたら、あんまり会わない方がいいのかな。

 ちょっと寂しいけど、二人が幸せになれるのならそれでもいいかな。


 その時、誰かが自宅を訪ねてきた。

 インターホンを通して見てみると、それは楓坂さんだ。

 だけど妙なスーツ姿の男の人もいる。


 私はすぐに玄関に向かって、ドアを開いた。


「楓坂さん、どうしたの?」


 楓坂さんにいつもの元気がない。

 それがとても気になった。


 高校生になってお母さんの実家だった場所に、私達家族は引っ越してきた。


 そして楓坂さんと出会う。

 私にとって楓坂さんは憧れの人だ。


 最初は怖い人だと思ったけど、同じ学校に通う先輩だと知って話をするようになり、楓坂さんの誰にも負けない強さに惹かれるようになった。


 もし私が男性なら、きっと楓坂さんを好きになっていたと思う。

 時折、そんなことを考える。


「結衣花さん……。実は……」


 うつむき気味の楓坂さんが何かを話始めようとした時だった。

 すぐ後ろにいた蛇をイメージさせる顔をした男性が、すかさず小声で話す。


「舞様……。話をする時間は三分だけだということを忘れないでくださいよ」

「……わかっているわ」


 あの男の人……、確か黒ヶ崎って人だ。

 企画対決の決勝戦で負けて、そのあとローブにつまづいてコケたんだよね。


 なんか、やな感じの人だなぁ……。


 楓坂さんは改めて、私に向き直った。


「結衣花さん。実は事情があって、急にアメリカに行かないといけなくなったの」

「え……、こんな急に?」

「ごめんなさい。結衣花さんの晴れ姿を見たかったのだけど……」


 私に近づいた楓坂さんは、下を見たままスカートを両手で握った。


「それと……、もしかすると笹宮さんが落ち込んでいるかもしれないの。もしそうなら助けてあげて……。あの人、すぐ自分一人で抱え込もうとするから……」


 その言葉を聞いた時、薄々感じていたことが確信に変わった。


 やっぱり楓坂さんはお兄さんのことが好きなんだ。

 なら、どうして急にアメリカに行くなんて……。


 もしかして、以前言っていたお爺さんの政略結婚のために!?

 もしそうなら止めないと!


 私が言葉を出そうとした瞬間、蛇顔の黒ヶ崎さんが割って入ってきた。


「おっとぉ~。舞様、そろそろ時間でございますよ」

「……っ」


 無理やり楓坂さんを引っ張った黒ヶ崎さんは、彼女をボディーガードに預けた。


 そして、私の方を見てニタァ~と笑う。


「どぉ~も、結衣花様。数日ぶりです」

「……黒ヶ崎さん……ですよね?」

「覚えていてくれましたか。そうです、黒ヶ崎です」


 黒ヶ崎さんはポケットに手を入れて話を続ける。


「すみませんねぇ。舞様は忙しい身なので、もう会う事ができないんですよ。なのでこれが最後です。それでは……」


 そう言って黒ヶ崎さんは玄関のドアを閉めようとした。

 だけどここで、ピタリと動きを止めて私に顔を近づける。


「そうそう……。邪魔な人間がいなくなってよかったですねぇ」

「……なんのことですか?」


 訊ねる私に、黒ヶ崎さんは再びニタァと笑った。


「結衣花様も笹宮様のことをまったく気にしていないわけじゃないんでしょ? もし舞様と笹宮様が一緒になった時、あなたは二人と一緒にいられますか? 自分の居場所がなくなると思いませんか?」


 ……それは……、その恐怖心はあった。


 私は高校生でお兄さんは社会人。

 恋愛に発展することなんてない。あってはいけないことだ。

 いつかこの胸をくすぐる時間がなくなるということを、私はずっと恐れていた。


 そんな私の心を見抜いているかのように、黒ヶ崎さんは言う。


「くくく……。あなたが気持ちよく生きていくには舞様が邪魔だったんですよ。これが事実です。大人になるという事は、邪魔な人間を潰すこ……ふぎゅあ!?」


 突然、黒ヶ崎さんの顔の横をスリッパが飛んで行った。

 振り向くと私の母・蒼井結香里あおいゆかりが立っている。

 さっきスリッパを投げたのはお母さんだったんだ。


「私の娘に……なにをほざいてるんだ! 貴様は!!」

「お……おい! 自分はゴルド社の社長に匹敵する権力を持ってるんだぞ! こんなことをして、ただで済むと思ってるのか!」

「専業主婦に権力が通用するか! 以上!!」


 断言するお母さんの言葉に、黒ヶ崎さんは体を震わせながら抵抗した。 


「く……ッ!! よ……世の中の理が通じないとは……。これだから一般人は嫌いなんだ! どちらにしても舞様はもうお前たちと会う事はない!」


 捨て台詞を吐いた黒ヶ崎さんは逃げるように去って行った。


 お母さんは静かになった玄関のドアを閉めて、落ちてるスリッパを拾う。


「結衣花。あんなやつの言ったことは無視しなさい」


 そう……。あんな人の話、無視すればいいんだ。

 だけど、ここで楓坂さんがいなくなってしまっていいのだろうか。


 楓坂さん、泣きそうだった。

 本当は行きたくなかったんだ。


 どうして楓坂さんがあんな顔をしていたのか。

 どうして突然アメリカに帰ることになったのか。


 楓坂さんはお兄さんのことを本当はどう思っているのか。

 私はお兄さんのことをどう思っているか……。


 いろいろな感情の疑問が一気に押し寄せてくる。


 わからない……。

 わからないことばかりだけど、私はもう一度楓坂さんとちゃんと話がしたい。


 そのために……。


「お母さん……。私……お願いがあるの……」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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投稿は朝と夜、7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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