11月21日(土曜日)笹宮の想い


 夜のコンビニ。


 社内ベンチャー・チームPROに入らないかと言った俺に、結衣花は驚いた様子を見せた。


「私もチームに? そんなことができるの?」

「ああ。もちろん商業施設のプロジェクトを成功させた後の話になるけどな」


 社内ベンチャーの話は昨日言ったばかりのことだ。

 いくら旺飼さんが専務という立場でも、ザニー社として認めてもらうには二~三ヶ月は必要になるだろう。


 さらに現時点では、俺はなにも結果を出していない。

 なにかしら成果を示す必要がある。


 そう言った意味でも、今回の商業施設のプロジェクトを成功させることができるかどうかが全てのカギになっていた。


「扱いとしてはバイトのようになってしまうが、それでも一緒に打ち合わせをしたりする機会はできるはずだぜ」


 商業施設のプロジェクトで一緒になるだけだと、おそらく意見交換をする機会はない。

 だが、結衣花が望んでいるのは一緒に話をしたり、問題解決を模索したりすることだろう。


 だが、チームPROに入ることができればその時間を作ることができる。


「……もしかして社内ベンチャーを提案したのって楓坂さんのためだけじゃなくて、私のことも考えてくれていたの?」


 不思議そうに訊ねてくる結衣花に、俺は「ふっ……」と強気の笑みを見せて答える。


「そりゃあ、そうだろ。だって結衣花を後輩にするって約束したじゃないか。一緒に仕事ができないと甘やかしてやれないだろ?」

「それって公私混同じゃない?」

「ああ、そうだな。俺は理屈じゃなく感情で結衣花を応援したいと思っている」


 俺は結衣花や楓坂みたいにイラストは描けない。

 先輩の紺野さんや元カノの雪代みたいな天才でもないし、音水のような可能性も持ってはいないだろう。


 ずっと、才能や技術を持った人達に憧れていた。

 俺にできることはなにかないかと……ずっと考えていた。


 七夕キャンペーンの時は、音水を助けたかった。

 コミケの時は、楓坂の頑張りを無駄にしたくなかった。

 ハロウィンの時は、前に進もうとする結衣花を支えたかった。


 俺にできること、俺がやりたいこと……。

 考え続けて気づいたことは、全力で頑張る人を応援してやることだった。


 社内ベンチャーの話を持ち出したきっかけは楓坂を助けるためだったが、俺はこの仕事を通じて関わる全ての人を応援したいと考えていた。


 ただ与えられた状況を受け入れるだけじゃない。

 今は俺自身が目的をもって、仕事を成し遂げたいと思っている。


「だから結衣花。おまえのことを応援させて欲しい」

「私、大したことできないよ?」

「それでいいんだ」

「他にもすごい人はいっぱいいるけど」

「でも俺の目の前にいるのは結衣花だろ」


 結衣花はジッと俺を見つめてくる。

 純粋さと儚さを兼ね備えたその瞳には、何かの期待が込められているようだ。


 その魅力に引きずられるように、俺は彼女に近づいて自分の気持ちをそのまま伝える。


「俺は……そうだな……。うまくは言えないが、結衣花と一緒にいたいんだ。一緒にいろんなことを体験して、いろんなことを成し遂げたい」


 相変わらず、俺のセリフは脈絡がない。

 こういうとき、口の上手い奴がうらやましいと心底思う。


 俺の気持ちが伝わったのかどうかわからないが、結衣花はモジモジとして視線をそらした。


「そんなふうに言ったらさ……、告白みたいで照れるじゃん」

「そうなってたか?」

「なってるよ。これだから無自覚系は始末に負えないんだよ」

「始末されそうになっちゃったぜ」


 しかし結衣花は上目遣いでチラリと見て、幸せそうに微笑んだ。


「でも……。今のお兄さん、ちょっとだけカッコいいよ」

「限定的なのが気になるが、お褒めの言葉にありがとうだな」

「うん。……私も、嬉しい」


 しんみりとし始めたその時、女子大生の声がした。


「どーん!」


 突然現れたのは、さっきまでコンビニにいたはずの楓坂だった。

 彼女は俺を結衣花の間に立つようにして、俺達の背に手を回す。


「応援したい気持ちなら私も負けていませんよ。結衣花さんの居場所は必ず作ってみせます」


 すると結衣花は下を向いて、ぽつりぽつりと語り出す。

 その声は水面が揺らめくように震えていた。


「どうして二人とも、そこまでしてくれるの。……私、なにもできないのに……。でも嬉しくて……。……なんか……」

「……もしかして、泣いてるのか?」

「な……泣いてないもん」


 その言葉と同時に、結衣花は俺の服に掴まるように抱きついてきた。


 強がっているが、やはり結衣花は泣いている。

 甘えるように身を寄せる彼女の頭を、俺は優しく抱いた。


 すると今度は楓坂が、俺と結衣花を包み込むように抱く。


 十一月下旬、風の香りが変わり始めた時期。

 涼しくなり始めた夜で、俺はとても暖かい気持ちを得ることができた。


 この二人のために頑張りたい。

 そう思わせてくれる一瞬だった。


 しばらくして離れた楓坂は、いつもの女神スマイルで両手を合わせた。


「それではみんなで我が家に帰って、コンビニスイーツを食べましょう。笹宮さんには濃厚チョコクリームパイを買っておきました」

「……この時間に濃厚スイーツとか、ヤバくない?」



■――あとがき――■

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