10月31日(土曜日)仲裁と和解


 大手広告代理店の社員達がいる控室に行くと、怒号が嵐のように飛び交っていた。


「雪代部長! もうアンタの言う事は聞けねぇ!! 俺達はバイトじゃないんだ!」

「今動けるのはテメェらしかいねぇだろ! 社員なんてプライド捨てろ!」

「……プライドを……捨てろだと……」


 雪代の前に立っている体の大きい中年男性が、鬼の形相で拳を握った。


 ヤバい! 雪代を殴るつもりだ!


 急いで走り込んだ俺は二人の間に入り、中年社員を見上げた。 


「待ってください!」


 中年社員は突然割り込んできた俺を見て、眉をひそめる。


「お前……ライバル企業の……。何の用だ!」

「雪代の強引なやり方に不満があるのはわかります。ですが今日だけは力を合わせてもらえないでしょうか!」

「……は?」


 予想外の言葉を聞いた中年社員は、よくわからないという表情で俺を睨んだ。


「どうして敵のお前が雪代を擁護するんだ! テメェもこいつには迷惑していたんだろ!」

「ですが、この路上ゲリラライブはハロウィンフェスティバル全体を盛り上げてくれます! これは皆さんにしかできません!」


 他社の内輪揉めに首を突っ込むのがどれだけ愚かなのかはわかっている。


 それでもワンランク上のイベントをしたい。テーマパーク全体を盛り上げたい。雪代の仕事を見てみたい……。


 なにより、これまで俺を心配してくれた結衣花や楓坂、そして音水の期待に応えたい。 


 さまざまな想いを抱えながらも、俺は不格好に頭を下げた。

 そして、ありったけの言葉を叫ぶ。


「雪代の手がつけられない性格は知っています! ですが、コイツのやることはいつも成功してきた! 今だけは信じてやってほしい!!」


 いきなり現れた部外者が信じて欲しいなんて、滑稽もはなはだしい。


 それでも俺にはスマートな仲裁はできない。

 思ったことをそのまま真っすぐに伝えることしかできないんだ。


 その時だった。

 近づいてきた大柄の中年社員が俺の胸ぐらをつかむ。


「お前……六月にあった七夕キャンペーンのプレゼンを担当した笹宮だろ」

「え……。あ……、はい」

「あの時、お前のプレゼンに負けたのは俺のチームなんだ」

「そう……だったんですか」


 すると中年社員は怒りを表情ににじませながらも、情けない目を……いや、怯えているような目をした。


「弱小企業がズルをして横取りしたと思ったぜ。……プレゼンに負けたせいで雪代みたいな厄介な奴まで派遣された。もう俺達のプライドはボロボロだ……。だけどよ……」


 すると中年社員は俺を放して、気持ちを落ち着かせるように息を吐いた。


「俺達を負かしたのがこんなに不器用なやつだと知って安心した……。俺達はズルに負けたんじゃなかったんだな……」


 中年社員は自分の仲間達に振り向き、大声で叫ぶ。


「雪代部長は気に入らねぇが笹宮には負けたくねぇ! みんなそうだろ! 俺達の力でハロウィンを盛り上げようぜ!」

「「「おおぉ!!」」」


 さっきまで怒りに染まっていた大手広告代理店の社員達が、本来の勢いを取り戻した瞬間だった。


 社員達はイベントの準備を行うため、控室を飛び出していく。


 気づくと、すでに控室に残っていた俺と音水、そして雪代の三人だけになっていた。


 俺に近づいた雪代は、迷子の少女のような小声で話かけてくる。


「笹宮ぁ……」


 涙ぐむ彼女の足をみると震えていた。

 きっと本当は怖かったのだろう。


 雪代は俺の手を握る。


「ごめんよ……。私……ひとりで突っ走るしかできなくて……。いつも迷惑かけてごめんよ……」

「あんまり無理すんな。ちゃんと話せば、みんなわかってくれるよ」

「うん……、笹宮がそう言うならそうする……」


 手を離した雪代は控室の外へ歩き始めた。


「じゃあ、私もみんなのところに行くよ……」

「ああ、行ってこい」


 いつも男勝りな雪代だが、本当は少女のような素顔を持っていることを俺は知っている。


 だから学生時代の時も、あいつが困った時は助けずにはいられなかったんだ。


 でも、もう大丈夫かもしれない。

 これで雪代にも仲間ができるような気がする……。 


 問題が解決したことを実感した俺は、隣にいる音水に言う。


「とりあえず、何とかなったみたいだな」

「はい! でもぉ~」

「ん?」


 ぷーっとわざとらしいふくれっ面を作った音水は、俺の腕に抱きついてきた。

 しかもこれでもかというくらい、胸を押し付けてくる。


「おい! なんだ、急に……」

「雪代さんに優しくしすぎじゃないですか!? 笹宮さんの隣は私だってこと、忘れないでくださいよね!」

「わかった、わかった。だから離してくれ」


 だが彼女は離してくれない。

 それどころか、ゆするようにして自分の存在を主張してきた。


「ダメで~す。もう私の体は笹宮さんの腕と同化しちゃいました~。離れたくても離れられませぇ~ん」

「あのなぁ……」


 とにかく、ここからが本番だ。

 まずはミステリー宝探しゲームを成功させよう。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、笹宮がゆるキャラに変身!? そこに現れた人物とは!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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