8月3日(月曜日)笹宮が彼女を守ったら
この日、俺はザニー社に来ていた。
目的はもちろん、コミケの打ち合わせだ。
こじんまりとした会議室に入り、俺達はさっそく打ち合わせを始めた。
今日のメンバーは若手社員四人と楓坂。
専務の旺飼さんは用事があるということで、ここにはいない。
全員、企業ブースの活動は初めてということで、必然的に俺がリーダーのような役割を受け持つことになった。
「……というわけで、ブースの設営は業者がやってくれる。俺達の役割はコミケ当日の接客だ」
「「「「はいッ!!」」」」
おぉ……。さすがザニー社。
社員のやる気がすげぇな。
だが、メンバー全員が若手なのはどうしてだ?
そんな疑問を抱いた時、会議室のドアが開いた。
「はぁ~。まいった、まいった。課長の話が長くてさぁ~」
二十代半ばのチャラい男性社員が、へらへらと笑いながら入ってきた。
っていうか、誰だ?
先週も打ち合わせをしていたが、こんな男はいなかったぞ。
メンバーを見ると、さっきまで元気だった若手社員は表情を曇らせていた。
楓坂に至っては別の方向に顔を向けている。
しかしチャラい男性社員は気にする素振りをみせず、戸惑う俺に近づいてきた。
「やっ! 君が笹宮か。僕は主任の
「よ……よろしくおねがいします」
名前も態度も、キラキラ光ってそうな人だな。
しかも主任でチームリーダー?
なんで今まで、打ち合わせに参加していなかったんだ……。
気になることもあるが、今は仕事に集中しよう。
「とりあえず、コミケの打ち合わせをしましょう。こちらに資料がありますので、目を通してください」
だが張星はやる気のない態度で笑い、受け取った資料を机の上に放り投げた。
「はぁ~ん……。展示会なんてさぁ、ただの店番と一緒でしょ? そんなのテキトーにやっておけばいいんだよ。それより~」
ぐるんと方向を変えた張星は、一直線に楓坂の元へ向かった。
「ねぇ~、楓坂ちゃんさぁ。帰りに一緒にご飯食べに行かない?」
今は勤務中だというのに、張星は楓坂をナンパし始める。
さすがの俺もこれには絶句した。
楓坂はというと、まるで心を捨てたように返事をする。
「私はまじめにコミケを成功させたいと思っています」
「そんなこと言わないでさぁ。どうせ楓坂ちゃんも、遊び半分で参加してるんでしょ?」
「なんですって!」
遊び半分という言葉にキレた楓坂は立ちあがった。
無理もない。
楓坂は休日を使ってチェックをするなど、コミケを成功させようと頑張っていた。
張星の言葉は、彼女の真剣な行動を否定するものだ。
すかさず俺は二人の間に入り、張星を見据える。
「張星さん……。少し、気を抜き過ぎじゃないですか」
「はぁ? リーダーの僕に意見をいうわけ? それっておかしくな~い?」
「楓坂はこの仕事と真剣に向き合っています。その気持ちを踏みにじるようなことを見過ごすことはできません」
無愛想だった頃の表情を作り、俺は張星をまっすぐに見た。
気圧された張星はゴクリと喉を鳴らしてたじろぐ。
さらに他のメンバー達が冷たい視線を送っていることに気づき、たまらず叫んだ。
「なっ!? なんだよ! コミケなんて遊びだろ!! どいつもこいつも真面目ぶりやがって! チッ! 勝手にすればいいんだ!!」
張星は舌打ちをして部屋を出て行った。
とっさに楓坂をかばったが、相手はここにいる若手社員の上司だ。
もしかしたら迷惑を掛けてしまったかもしれない。
俺はみんなの方を向いて頭を下げた。
「すまん。みんなの上司なのに……」
すると若手社員の男性が口を開く。
「いえ、むしろ僕達は笹宮さんに感謝しています。張星主任は仕事をすぐサボるんで、みんな怒っていたんですよ」
「……そんな人だったのか」
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
今度は誰だろうと見てみると、専務の旺飼さんが現れる。
「失礼。入るよ」
「旺飼さん!?」
「さすがだね。さっそく活躍してくれるとは」
「すみません。でしゃばったマネを……」
「いや、これでいいんだ。彼の素行は我々も問題視していたからね。むしろ助かったよ」
「……もしかして、初めからこうなるとわかっていたんですか?」
「信頼していたんだよ。君ならやってくれるとね」
スマートな物言いだが、かなりエグい内容だ。
どうやら旺飼さんは、俺を利用してコミケチームの健全化を狙っていたらしい。
なるほど。
楓坂が腹黒いから気を付けろというだけのことはある。
「あの……」
振り返ると、楓坂がうつむいて立っていた。
顔を赤く染めているが、その表情は恥ずかしさを我慢する時のものとはどこか違う。
今まで見たことのない楓坂だ。
「さっきは……助かったわ。ありがとう」
「俺がいなくても、楓坂なら一人で余裕だったろうけどな」
「いえ……。本当は……その……。……怖かったから」
「え?」
すると楓坂は急に席に戻り、俺と目を合わせないようになってしまった。
打ち合わせを終えた後も話しかけたが、まったく返事をしてくれない。
やっべぇ……。
でしゃばったから怒ってんのかな。
コミケまで、あと四日。
なんとかしないと……。
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
次回、笹宮に結衣花が○○〇をアドバイス!?
投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。
よろしくお願いします。(*'ワ'*)
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