8月1日(土曜日)結衣花チェック


 音水が帰った後、俺は片づけを終えてゆっくりしていた。

 そこへ結衣花から電話が掛かってくる。


「こんばんは。お兄さん」

「よぉ。結衣花」

「部屋の方はどう?」

「完璧だな」

「もしかして失敗フラグを立てようとしてる?」

「残念だが、そのフラグはすでに折られている」

「言うじゃん」


 きっと結衣花は俺がひとりで選んで、変なインテリアにしたと思っているんだろう。


 残念だったな。

 今回の俺は一味違うぜ。


 さっそく新しくなった俺の部屋を撮影し、結衣花に送る。

 すると彼女は「ふぅん」と声を上げた。


「すごいね。ディスプレイラックで、ここまで変えられるなんて」

「まぁな。俺の本気ってやつに驚いたようだな」

「うん。素直に驚いた」


 実際は音水のアドバイスのおかげなのだが、ここは俺の手柄にしておこう。


 結衣花には普段から馬鹿にされることが多いからな。

 たまには見栄を張っても罰は当たるまい。


 すると結衣花は当たり前のように訊ねてきた。


「それで、誰にアドバイスしてもらったの?」

「なぜバレた」

「なぜバレないと思ったの?」


 俺の策略は一秒で見抜かれてしまった。


 三国志の英雄、諸葛孔明の如き俺の知略がこうも簡単に崩されるとは……。

 結衣花……。おそるべし女子高生だ。


「正直に話すと、偶然家具屋で後輩に会って少しだけ助言を貰った」

「少し?」

「ああ、少しだ」

「それで本当は?」

「後輩の言う通り、まったくそのまんまレイアウトしてみました」

「なるほどね。納得だよ」


 一寸の見栄も許さない女、……結衣花。

 あんた鬼か。


 結衣花はというと、心から安心したような口調で話を進める。


「よかった。急にセンスが良くなったから、お兄さんが豆腐のカドに頭をぶつけたんじゃないかって心配したんだからね」

「その心配のしかた、ちょっとおかしくないか?」


 すでに結衣花の中では、俺はセンスのない人間として固定されているようだ。


 うぬぬ……。

 今回はまたしても結衣花にしてやられたが、次こそは……って、なんで雑魚キャラみたいなセリフを考えているんだ。


「っていうかさ。後輩さんと部屋のレイアウトの話をしたんなら、どうして部屋に誘わなかったの?」

「あのなぁ。俺を不甲斐ない男だと思い込んでるだろ」

「うん」

「あっさり言うな」

「お兄さんのことを知っている人は、全員そう思うんじゃないかな」

「マジか?」

「マジだね」


 やれやれ。やはり結衣花にはまだ俺の男らしさが伝わっていないようだ。

 だが致し方ない。相手は女子高生だ。


 ここはやる時はやるというエピソードを聞かせてやろうじゃないか。


 驚けよ、結衣花。

 ふっふっふ。今度こそ勝ったな!


「実は後輩と一緒に部屋で飯を食ったんだ。ビーフシチューを作ってもらった」

「すごい。驚天動地きょうてんどうちってこのことだね」

「ビーフシチューで天が驚いちゃってるじゃん」


 とはいえ、女性を部屋に招いて食事をするというのは、なんとなくイケてる感じがする。

 ドラマとかだとよくあるシチュエーションだもんな。


 これなら結衣花も納得するだろう。

 そろそろヘタレ男の汚名を返上できそうだ。


「じゃあ、後輩さんとゴールインって感じなの?」

「いや、飯を食ったら帰ったぞ」

「なにもしないで?」

「ああ、普通に帰ったな」


 結衣花はしばらく絶句し、たっぷりと間をあけてから話を続ける。


「……哀れすぎて、言葉を失ったよ」

「そういう言い方、ガチでへこむからやめてくれ」


 そりゃ、俺だって大人だ。

 意識している女性が部屋に来たのに、食事だけで帰るというのはちょっとさびしい気持ちはある。


 しかしだ。

 少し前まで俺は音水の教育係だったんだ。

 なのに、チームが別になったらすぐにそういう関係になるのはどうかと思う。


 どっちにしても音水の気持ちが最優先なのだから、俺がどうこうできる問題ではないのだ。


「ねぇねぇ」


 俺の複雑な心境を察したのかどうかわからないが、結衣花が声のトーンを変えて訊ねてくる。


「どうした?」

「私もお兄さんの部屋に行ってみたい」


 結衣花の頼み事は聞いてやりたいが、相手は女子高生。

 さすがに社会人の俺がほいほいと呼んでいいわけがない。


 ここはやんわりと断ろう。


「俺のクールな部屋を見たいのはわかるが……」

「ツッコミ待ち?」

「言ってみたかったんだ。そうじゃなくて、さすがに女子高生を入れるのはちょっとな……」

「ただの好奇心だからいいでしょ?」


 好奇心って言われてもなぁ。


 うーん。どうしようか……。

 ここで断るといじけそうだし、適当に話を合わせておくか。

 どうせ、すぐに忘れるだろう。


「まぁ……。機会があればな」

「約束だからね」


 さて、明日はこの部屋で楓坂とパソコン作業か。

 頼むから、なにも起きるなよ……。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます!

すごく嬉しいです。(o*´∇`)o


次回、楓坂とラブコメハプニング!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*'ワ'*)


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