第20話 過去

 ぼくはそれから如月にまずは質問し続けた。いつからここにいるのか。どうしてここにいるのか。来る前はどこにいたのか。おじさんとおばさんのことは知り合いなのかどうか。矢継ぎ早に訊ねたが、如月は戸惑った顔こそするが必死に考えながら答えてくれた。

 ここに来たのは五年ぐらい前の冬で、男の人、どうやらぼくを色々助けてくれた男の人に連れられてここに来たらしい。そしてその時に初めてファミリーホームと呼ばれているここでおじさんとおばさんに出会ったと言った。そしてそれ以前の記憶はなく、自分が来た時に石黒と添島はすでにここで生活していたと告げた。

 ぼくが飴玉のことを訊くと、自分でもわからないけど好きだから買ってもらったと笑っていた。

 まずはとにかく全員のことを調べようと思った。自分から石黒に話しかけに行く。自分の行動に自分が違和感を覚えていた。けれど、とにかく如月にぼくのことを思い出して欲しかった。あの時の如月に戻って欲しかった。そのために原因を知らなければいけない。

「なんだよ?」石黒は敵愾心を隠さなかった。ぼくはその態度を気にせずに訊ねる。

「いつからここにいるの?」

「お前には話さない」

「なんでここにいるの?」

「教えないから」

 石黒はそっぽを向いて、ぼくのことを意識的に避けようとする。

 面倒くさい。訊かれたことにそのまま答えてくれるだけでいいのに。何度訊いても質問の答えが戻ってこないので、今度は添島栞に訊くことにした。

「なんでそんなこと知りたいんですか?」開口一番そう返された。

 そんな質問はいいから早く答えて欲しかった。

 添島は考える仕草をしたあとに口を開く。

「まあ、いいです。わかってることはいいます」

 それから添島は自分が一番最初にこのファミリーホームに来たこと。それが八年ほど前であること。石黒がファミリホームに来たのはその一年後だと教えてくれた。

「あと、自分のこれまでの記憶って残ってるの?」

「残ってますよ。お父さんは元々会ったことがないですし、お母さんはいま仕事でアメリカにいます」

「そうなんだ。ここって家族がいる人もいるんだね」

「菜月ちゃんは両親は交通事故で死んじゃったみたいです」

「そうなんだ」

 会話を続けていたらそれに気づいた石黒が近づいてきた。

「ちょっと栞ちゃん。そいつに色々話しちゃだめだよ」

 添島は困った顔になる。ぼくがその場を離れようとしたら石黒の言葉が追いかけてきた。

「おい。なんで質問してるかしんないけど、変なことするなよ?」

「そんなことしないよ」反論する。

「おじさんもおばさんもいい人なんだ。お前が来るまではみんなで仲良く楽しかったんだから」

 ぼくは無言を返す。

「こっちはお前のことしめたっていいんだから」

「なにそれ?」

「教えてもらったから、そのやり方」

 石黒はすごんでいるが、放っておいてそこから離れた。

 それからぼくはみんなを観察し続けながら生活した。如月がどうして記憶をなくしてしまったのかを絶対に調べてみせる。

 石黒も、添島も、そして如月もファミリーホームのおじさんとおばさんのことを信頼しきっていた。なぜならぼくたちには他に帰れる家がないからだ。

 家の造りも普通の一戸建てとは異なっていた。一階に四部屋あり、二階に四部屋あるらしいが、その部屋の大きさはおじさんとおばさんの部屋を除いて全部同じらしい。そして部屋の中のベッドや机も同じものが置かれているようだ。

「一応女の子たちは二階を使ってもらうから、君は私たちと同じ一階の一部屋を使ってもらう」そう説明されて、ぼくはおじさんおばさんの隣の部屋で生活することになった。

 二階はある程度独立していて、洗面所、風呂、トイレ、簡単なキッチンもあるらしかった。

 だから基本的にぼくが他に子に話しかけられるのは彼女たちが二階から降りてきている時だった。

 ぼくは少しずつ情報を集める。

 石黒は両親がヤンキーだったらしい。そしてある日スピード違反の交通事故で命を落とした。そしてここに連れてこられた。添島は父親には会ったことがなく、母親に育てられた。母親は有名な数学者らしいが、子育てを放棄して、結果添島はここで生活をすることになった。

 共通するのは帰れる家がないということだけでなく、同じ男の人にここに連れてこられたということだ。

 そして、もしかしたら辛い過去の記憶を持っている。

 あの男の人が鍵を握っているのだろう。その確信があった。

 ぼくたちは中学三年生になった。

 時間はかかるかもしれない。けど、今度こそ如月のことを守ってみせる。そう決意した。

 ぼくがそう心を固く定めたあとのある夜、寝られなくて水でも飲もうかと起き上がって部屋を出たら、おじさんとおばさんの部屋から光が漏れ出ているのに気づいた。

 近づいてみる。何やら真剣な物言いで話し合っていた。耳をドアに近づける。意識を集中すると中での会話がわずかながら耳に届いた。

「やはり確認してみたらあの研究所と関係がある子らしい」おじさんが辛そうに言った。

「じゃあ、あの薬のことも知ってるということでしょうか?」おばさんの声は不安そうだ。

 心臓が高鳴る。やはりあの薬のことを知ってるんだ。二人は如月の記憶が消えていることに関わっている。

 このまま扉を開けて問いただそうかと思った。けれど途中でその手を止める。きっといま中に入っても適当なことを言って誤魔化されるだけだ。確かな情報や証拠を集めなきゃいけない。

「これからどうすればいいのかしら。私はあの子にどう接すればいいのかわからないわ」

「大丈夫さ。私たちが大切に思っていて愛していると言うことは、あの子も時間が経てばわかってくれるはず」

「でも、私たちは自分たちの子供を育てたことがないし。初めての男の子よ」

 おばさんの言葉におじさんは数秒の沈黙を挟んで答えた。

「きっと彼の心がいま閉じられたままになっているのは辛い記憶がそうさせているんだろう。もしもそれが彼を苦しめているなら、しょうがない。頼んであの薬を飲んでもらおう」

 その言葉に思わず扉からのけぞった。

 いまなんて言った。あの薬をぼくに飲ませるとか言ってなかったか。この建物には、生活には、おじさんとおばさんにはなにか重要な秘密が隠されている。

 ぼくは部屋に戻って如月からわけてもらった、かつて子供の時はぼくが如月に渡したのと同じ種類の飴を口に放り込んだ。夜空を眺める。

 大丈夫。ぼくがすることは変わらない。如月を守ればいいんだ。

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