第19話 過去

 男の人に連れてこられた場所で如月朋子の姿を見た時に、一目で彼女だとわかった。そして言葉を交わしてすぐにわかった。ぼくを忘れていることを。血の気が失せた。そしてお父さんが開発している薬のことも思い出した。

 如月を救うかもしれないとお父さんが言っていた薬が如月の記憶からぼくを消し去ったんだ。身体の奥底から熱いものが溢れ出てきた。もうずっと感じてなく、自分の身体の中から失われたんだと思っていた感情。

 怒りがぼくの肩を震わせて、周りを見る視線を鋭くした。

「誰に飲まされたの?」ぼくは訊ねる。

「え? なにを?」如月が首をかしげる。

「薬飲まされたんでしょ?」

「なんのこと?」如月は困った顔になる。

「お父さんとお母さんのことは?」

 如月が黙っているのでぼくは質問を続ける。

「それじゃあ、この飴のことは、ぼくのことは?」

 如月が首を振る。「なにを言ってるか全然わかんないよ」

 全部忘れている。忘れさせられてるんだ。誰がこんなことをしたんだ。ぼくは添島栞を睨む。

 添島は怯えたように読んでいた本で自分の顔を隠した。

 おじさんを見る。おじさんもぼくを見ていた。

「もしかして君は」おじさんは何かを言おうとした。けれど続く言葉を飲み込むようにかぶりを振った。「とにかくみんなでご飯を食べよう。今日はカレーだから」

 ぼくたちにテーブルにつくように促して、おばさんはカレーを並べた。ぼくは全員の動きを観察する。この家のおじさんとおばさん、石黒と添島、そしてぼくをここに連れてきた男の人。確実にこの中の全員か、もしくは何人かは如月の記憶が消えていることと関係しているはずだ。誰が彼女をこんなふうにしてしまったんだ。必ず見つけ出して彼女になにをしたか言ってもらう。

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