第10話 過去

 それからお母さんは公園にぼくを連れていく前に彼女の家に寄るようになった。お母さんと如月朋子のお母さんが何かを話し合い、そしてお母さんが如月朋子を預かってぼくと遊べるようにしてくれたのだ。あとから考えれば、それはお母さんにとって簡単なことではなかったはずだ。きっと団地内で如月朋子の家庭事情は少なからず噂になっていただろうし、他人の子供の預かる責任は大きい。けれど、それ以上にお母さんはぼくが別の子といることを楽しがっていることにほっとしていたのかもしれない。

 ぼくたちは公園で一緒に遊んだりした。遊んだと言っても他の子と同じようにかけっこしたり、ボールを蹴ったりすることじゃない。二人でベンチに座ってずっと蝉の声を聴いたりした。たまに蝉が独特な鳴き方をしたときに顔を見合わせて笑った。誰かが走り回って公園の砂利がぐちゃぐちゃになったら二人でしゃがみ込んで地面が綺麗な平らになるように手で砂を払ったりした。

 言葉で言い表すことができないが、ぼくは如月の隣にいるときは安心感を覚えた。彼女の言葉や反応には恐怖を覚えなかった。彼女だけがぼくの言葉や態度を正しく認識してくれる気がした。心地よく、救われた気分だった。

 世界が模様を変えた。いや、世界は変わっていないが、世界を見ているぼくが変わった。

 ぼくたちは少しずつ笑い合うようになった。如月は笑顔で話すことも多くなり、声を弾ませたり、元気にはしゃいだりする。

 楽しい思い出だ。

 ぼくたちは小学生になり、同じ学校に通うようになってもいつも一緒だった。

 一年が過ぎ、二年が経過する。

 そして時間の経過とともに、ぼくと如月の周りにはゆっくりだけれど確実に不穏な空気が漂いだしていた。

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