第7話 現在

 辺りが暗闇に満たされて、僕以外の人物は自分が目を覚ました部屋に戻ったようだ。部屋でじっとしながら家の中の気配を探る。

 全員が寝静まってから行動する必要があった。まだ手にしている情報が少なすぎて、誰にどう接すればいいのかわからないのだ。それに、犯人、操作というメッセージも気になる。

 そこで服を捲ってもう一度自分が書いた文字を確認する。如月朋子。彼女がなにかしら関わっているのだろうか。あんなに無邪気で笑ってばかりいる彼女だが、記憶をなくす前は全く性格が違っていたという可能性もある。いや、でもさっき添島は記憶が消えてもなにかしらは身体に残っていると言ってなかっただろうか。それが今の性格に反映されていると。

 もしくはここにいない誰かが、犯人と呼べる存在が、もしかしたら旗手茂が僕たち五人の記憶を消してこの場所に拘束しているのかもしれない。

 けど、それならどうしてそんなことをする必要があるんだ。

 一人で部屋にいると抑えようと思っても思考がその働きを止めない。

 いくつもの考えが浮かんでは絡まって、思考を乱していく。

 だめだ。やっぱりわかっていないことが多すぎる。

 部屋に釘で壁に固定されている時計を見る。

 時刻は深夜の1時を示していた。

 自分の部屋の外から感じる気配はない。もうみんな寝ただろうか。

 少し扉を開けて廊下の様子をうかがう。

 自分の部屋から明かりが漏れ出て、暗い廊下をぼんやりと照らした。

 静かに自分の部屋を出る。

 できるだけ音をたてないように注意していると、扉を動かす音、床を踏みしめる音までが大きく感じる。

 如月が寝ているであろう部屋を通り過ぎ、リビングに向かう。そしてリビングの扉を開けて庭を見た。端の方に大きなケヤキの木が一本立っている。

 玄関から靴を持ってきて、リビングに置いてあった懐中電灯を手に取りケヤキの木に近づく。

 暗闇が広がる中、懐中電灯が照らす空間だけが不安げに揺れる。

 ケヤキの葉が散った地面を踏みしめながら木の真下に着いた。

 顔を上げて枝に何かぶら下がっていないか、変な部分はないか確認する。

 しゃがみ込んで地面を凝視する。中腰になって木の周りを一周した。土がケヤキの葉で覆い隠されているが、それを手で払ってみても特に変わったところは見られなかった。

 何もない。

 けれど確かになにか腐ったような臭いがする。

 不安を掻き立てる。

 どこかに何かがある。その確信が強くなっていく。腹部に書いたケヤキの木の下、血、犯人という言葉。

 視線をシャベルに向ける。それを手に取ろうと足を前に動かした。

 と、足を踏み下ろした時に靴の底から伝わってくる感触に違和感を覚えた。

 足をそこから動かすことができない。

 何かがある。

 そして、それを僕は知っている。

 視線を落とす。

 唐突に何かが繋ぎ合わされていく。

 恐怖、緊張、興奮、色々な感情が身体の中で暴れまわる。

 記憶と感情は関係がる。添島栞の言葉が頭の中で反響する。

 動悸が激しくなった。

 いきなり脳内にある映像が浮かび上がった。地面を掘って下に何かを埋める。そしてそれに土を被せて元に戻す。

 なんだ、この記憶は。

 身体の中を血ではない何かが勢いよく駆け巡る。

 その記憶に突き動かされるように、僕はシャベルを手に取って土を掘った。

 異臭が鼻をつく。

 何かがある。

 先端が固いなにかに当たった。

 シャベルを置いて手で土を掻き分ける。

 と、指の上を這う何かの感触。ウジだ。 

 懐中電灯を手に持って照らす。

 息をのんだ。

 視界が歪んだ。

 感情が言葉となって口から破裂しようになるのを懸命にこらえた。

 なんで、これが、こんなところに。

 目の前の現実を受け入れられない。

 僕の視線の先にあったのは、異臭を放ち、いたるところが腐り始めている死体だった。

 雨がぽつりと降る。雨滴が地面を濡らしていく。

 動悸が激しい。

 誰かがここで死んだ。それは間違いない。

 じゃあ、誰が? どうして? 誰の手によって?

 自分の腹部に書かれたメッセージを思い出す。

 犯人。誰かが操作。

 だめだ。衝撃で思考が暴れまわっている。

 気分が悪くなってきた。

 ここにはいられない。

 誰にも話せない。今は誰にも知られるわけにはいかない。自分ですら理解できない状況をまだ完全には信頼できていない人たちに話す気にはなれなかった。

 土を死体に被せようとする。その時に、背後に気配を感じた。慌てて振り返ると眠たげな目をこする如月が庭に降りてきた。

「あの、大丈夫?」

 如月の目が僕に向いたあと、僕の手の下にある死体に向く。目が徐々に見開かれていく。

 如月はその場に力が抜け落ちたようにへたり込んだ。

 警戒と恐怖の入り交じった瞳が僕を捉える。

 何かを言わなければと焦るが喉が張り付いて言葉が出てこない。

 如月が震える唇を動かした。

「あなたがやったの?」

 彼女が吐いた言葉は強くなった雨粒が地面を強く叩く音にかき消された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます