第120話:期初ミーティング

◆◆◆◆◆

〈凛太side〉


 数ヶ月が過ぎて、四月一日を迎えた。

 街を行き交う人々は、朝夕の通勤時にもコートを着る人はもうほとんどいない。空気が緩み、人々の顔も心なしか明るく見える。


 学生にとっての新たな春は新学期が始まる数日先だけれども、会社員にとっては今日から新たな春が来たと言える。

 三月末に年度末を迎え、今日からまた新たな一年が始まるのだ。


 企業というものは一月から十二月の一年ではなく、例えば四月から翌年三月までを『年度』や『』と呼び、その一年で事業の決算を締める。

 よくニュースなどで、『今期の売り上げは……』などと書かれているのはそういうことだ。


 年度は何月から始まり何月で終わるか、企業ごとに自由に決めることができる。

 しかし日本の企業は、役所や学校の年度に合わせて、四月始まりにしているところが圧倒的に多い。


 我がリクアド社も同じで、今日から新しい年度を迎える。

 そのため朝から、会議室に四人揃ってミーティングをしていた。


「──というのが、昨年度の志水営業所の業績よ」


 長方形の会議テーブルの片方に俺とルカが並んで座り、真向かいに神宮寺所長、その隣にほのかが座っている。


 各自の手元に配られた昨年度の業績速報値資料を元に、所長が売り上げ数字の発表を終えたところだ。


「やったね所長! 見事年間計画達成!」

「そうね。みんなご苦労様。おかげで目標105パーセント達成、昨年比で130パーセントの好業績よ。そして志水営業所過去最高の成績」


 神宮寺所長は誇らしげにそう言った。

 そう。俺たちは年間の目標数字を見事に達成した。


「まずは平林君。ありがとう」

「あ、いえ。俺って言うか、みんながんばったおかげですよね?」

「謙遜しなくていいから、ひらりん! 上期は昨年対比80パーセントなのに、ひらりんが赴任してきた下期は150パーセントなんだから」


 上期というのは前半の半年。下期は後半の半年だ。

 確かに俺は下期の期初に合わせて転勤してきた。


 ほのかはそのことを言ってくれてるのだろう。


「だけど売り上げ数字は、俺が突出して高いわけじゃないからな。みんな一人ひとりが去年よりも好業績を挙げたおかげだろ」

「まあそうだけどね。言っちゃえば、あたしのおかげだねっ!」


 いや、ほのかのおかげって言うか、所長も凄い数字を挙げてるし、色々と指導してくれたし、ルカのサポートも大助かりだった。


 つまりみんなで挙げた業績だよ。


 ──って言おうとしたけど、所長がにこやかな表情でほのかを眺めてるのに気づいた。


 おかしい……

 いつもの所長なら、『ほのちゃんはもっと謙虚という言葉を学びなさい!』なんて怒ってるはずなのに。


 この笑顔、かえって怖いぞ……


 ほのかは俺のジト目と所長の笑顔に気づいたようで、ちょっと居住まいを正して口を開いた。


「なぁーんてね。みんなのおかげでがんばれたんだってわかってますよぉ〜」


 ほのかは俺たち三人を順番に見回して、ペコリと頭を下げた。


 おかしい……

 ほのかがこんなに素直に周りに感謝するなんて。


 いや。

 ここ数ヶ月のほのかは、以前と比べて素直な言動をすることがよくあった。

 もしかしたら何か心境の変化があったのかもしれないな。


「ですよねっ! 私もみんなのおかげだと思ってます。今期もがんばりましょうねっ!」


 ルカがニコリと笑ってガッツポーズをしてる。

 そう言えばルカも、以前よりも明るくなったよなぁ。


 以前はもっとクールな感じだったし、みんなの前でニッコリガッツポーズなんてする感じじゃなかった。


 そうだよな。

 みんな成長してるんだよ。

 俺ももっと頑張らなきゃいけないな。


「さてみんな。目標達成したのはとても嬉しいことだけど、今日からまた新しい期が始まるのよ。昨日までのことは忘れて、気持ちを切り替えていきましょう」


 そう。ようやく一年が終わり目標を達成したと思ったら、またすぐに新しい一年が始まる。そしてこの一年積み重ねてきた成績は、またゼロからのスタートとなるのだ。

 これはまあ、営業職のように数字を背負う仕事をしているものの宿命だ。

 苦しくもあるけど、前向きにがんばるしかない。


 なんてちょっとカッコよく言ってみたけど、実際にはそんなに悲壮感を持ってるわけじゃない。この志水営業所は明るいし楽しいし、これからも仕事を楽しめばいいかって気になっている。


「今期の目標数字と行動方針は、この前各自が出してくれた計画書どおりでいいからね。今期もがんばりましょう!」

「はい、よろしくお願いします所長」

「ふぁ~い! がんばるぞい!」

「はい。がんばりましょう!」


 一丸となって前向いてる感じがとても心地いい。


「とは言うものの……」


 突然所長がにやりと笑った。


「せっかくがんばって目標達成したんだし。今夜はみんなで、ぱぁっと祝勝会兼決起会といきましょうか?」

「さすがしょちょぉ~、わかってらっしゃる!」

「はい、よろこんで参りましょう」


 みんなやっぱ酒好きだよなぁ。

 ほのかなんて、じゅるってよだれをぬぐってるし。

 でも明るく楽しい飲み会は俺も大好きだ。


「ぱぁっといきますか所長」

「そうね平林君。ぱぁっといきましょう」


 そうしてあっという間に、今夜の祝勝会の開催が決まった。

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