第120話:期初ミーティング
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〈凛太side〉
数ヶ月が過ぎて、四月一日を迎えた。
街を行き交う人々は、朝夕の通勤時にもコートを着る人はもうほとんどいない。空気が緩み、人々の顔も心なしか明るく見える。
学生にとっての新たな春は新学期が始まる数日先だけれども、会社員にとっては今日から新たな春が来たと言える。
三月末に年度末を迎え、今日からまた新たな一年が始まるのだ。
企業というものは一月から十二月の一年ではなく、例えば四月から翌年三月までを『年度』や『
よくニュースなどで、『今期の売り上げは……』などと書かれているのはそういうことだ。
年度は何月から始まり何月で終わるか、企業ごとに自由に決めることができる。
しかし日本の企業は、役所や学校の年度に合わせて、四月始まりにしているところが圧倒的に多い。
我がリクアド社も同じで、今日から新しい年度を迎える。
そのため朝から、会議室に四人揃ってミーティングをしていた。
「──というのが、昨年度の志水営業所の業績よ」
長方形の会議テーブルの片方に俺とルカが並んで座り、真向かいに神宮寺所長、その隣にほのかが座っている。
各自の手元に配られた昨年度の業績速報値資料を元に、所長が売り上げ数字の発表を終えたところだ。
「やったね所長! 見事年間計画達成!」
「そうね。みんなご苦労様。おかげで目標105パーセント達成、昨年比で130パーセントの好業績よ。そして志水営業所過去最高の成績」
神宮寺所長は誇らしげにそう言った。
そう。俺たちは年間の目標数字を見事に達成した。
「まずは平林君。ありがとう」
「あ、いえ。俺って言うか、みんながんばったおかげですよね?」
「謙遜しなくていいから、ひらりん! 上期は昨年対比80パーセントなのに、ひらりんが赴任してきた下期は150パーセントなんだから」
上期というのは前半の半年。下期は後半の半年だ。
確かに俺は下期の期初に合わせて転勤してきた。
ほのかはそのことを言ってくれてるのだろう。
「だけど売り上げ数字は、俺が突出して高いわけじゃないからな。みんな一人ひとりが去年よりも好業績を挙げたおかげだろ」
「まあそうだけどね。言っちゃえば、あたしのおかげだねっ!」
いや、ほのかのおかげって言うか、所長も凄い数字を挙げてるし、色々と指導してくれたし、ルカのサポートも大助かりだった。
つまりみんなで挙げた業績だよ。
──って言おうとしたけど、所長がにこやかな表情でほのかを眺めてるのに気づいた。
おかしい……
いつもの所長なら、『ほのちゃんはもっと謙虚という言葉を学びなさい!』なんて怒ってるはずなのに。
この笑顔、かえって怖いぞ……
ほのかは俺のジト目と所長の笑顔に気づいたようで、ちょっと居住まいを正して口を開いた。
「なぁーんてね。みんなのおかげでがんばれたんだってわかってますよぉ〜」
ほのかは俺たち三人を順番に見回して、ペコリと頭を下げた。
おかしい……
ほのかがこんなに素直に周りに感謝するなんて。
いや。
ここ数ヶ月のほのかは、以前と比べて素直な言動をすることがよくあった。
もしかしたら何か心境の変化があったのかもしれないな。
「ですよねっ! 私もみんなのおかげだと思ってます。今期もがんばりましょうねっ!」
ルカがニコリと笑ってガッツポーズをしてる。
そう言えばルカも、以前よりも明るくなったよなぁ。
以前はもっとクールな感じだったし、みんなの前でニッコリガッツポーズなんてする感じじゃなかった。
そうだよな。
みんな成長してるんだよ。
俺ももっと頑張らなきゃいけないな。
「さてみんな。目標達成したのはとても嬉しいことだけど、今日からまた新しい期が始まるのよ。昨日までのことは忘れて、気持ちを切り替えていきましょう」
そう。ようやく一年が終わり目標を達成したと思ったら、またすぐに新しい一年が始まる。そしてこの一年積み重ねてきた成績は、またゼロからのスタートとなるのだ。
これはまあ、営業職のように数字を背負う仕事をしているものの宿命だ。
苦しくもあるけど、前向きにがんばるしかない。
なんてちょっとカッコよく言ってみたけど、実際にはそんなに悲壮感を持ってるわけじゃない。この志水営業所は明るいし楽しいし、これからも仕事を楽しめばいいかって気になっている。
「今期の目標数字と行動方針は、この前各自が出してくれた計画書どおりでいいからね。今期もがんばりましょう!」
「はい、よろしくお願いします所長」
「ふぁ~い! がんばるぞい!」
「はい。がんばりましょう!」
一丸となって前向いてる感じがとても心地いい。
「とは言うものの……」
突然所長がにやりと笑った。
「せっかくがんばって目標達成したんだし。今夜はみんなで、ぱぁっと祝勝会兼決起会といきましょうか?」
「さすがしょちょぉ~、わかってらっしゃる!」
「はい、よろこんで参りましょう」
みんなやっぱ酒好きだよなぁ。
ほのかなんて、じゅるってよだれを
でも明るく楽しい飲み会は俺も大好きだ。
「ぱぁっといきますか所長」
「そうね平林君。ぱぁっといきましょう」
そうしてあっという間に、今夜の祝勝会の開催が決まった。
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