第116話:見られてしまった

◇◇◇◇◇

〈ルカside〉


 その日の夕方。

 営業の3人が外出して、オフィスではルカが一人で事務作業をしていた。


 ひと段落して、椅子に腰かけたまま「うぅ~ん」と伸びをする。

 そしてだらんと手を下ろして、ふぅっと息を吐いた。


 ふと思いついてスマホを取り出し、写真アルバムを開く。

 画面に表示させたのは高校時代の凛太の写真。

 部活でユニフォームを着て、サッカーをプレーしている写真だ。


 ルカは事務仕事で張り詰めた神経を、若かりし頃の凛太の顔を見て癒す。

 凛太の顔は今よりもずっと幼くて可愛くて、頬がつい緩む。


「ただいまぁ」


 突然斜め後ろから聞こえた声に、ルカは「ふぎゃっ」と変な声を上げて振り向いた。

 そこには、きょとん顔のほのかが立っている。


 角度的に、もしかしたら凛太の写真を見られたかもとドキドキしながら、スマホを裏向けに伏せてデスクに置いた。


「大丈夫ルカたん?」

「え? あ、ああ、大丈夫ですよ。お帰りなさいほのか先輩。いつの間にそこに現れたのですか? もしかしてテレポート能力者?」

「いやいやいや。んなワケないじゃん、あはは。オフィスに入って『ただいま』って言ったけど、ルカたんが気がつかなかったんでしょ」

「あ、そうなんですね。失礼しました。ちょっと疲れてたもので」

「そっか。お疲れ」


 ほのかはルカの隣にある自分のデスクに営業カバンを置いて、椅子に座ってルカを見た。


「あのさぁ、ルカたん」

「はい?」


 ほのかがしばらく間を置く。

 続きの言葉を待つルカは、スマホの写真のことを何か言われるのではないかと、ドキドキが止まらない。

 おそらく一瞬の間であったが、ルカにとってはほのかの口から次に何が飛び出るか、気が気でない長い時間が流れる。


「今日は7件も取引先回ったけど、1件も契約取れなかったよ」


 違う話だった……

 ホッとしてルカは身体が弛緩する。


「そ……そうなんですか?」

「うん。でも、目標達成に向けて、また頑張るぞい!」


 ほのかはキリっとした顔で、両手でガッツポーズしている。大きな胸がぷるんと揺れた。

 ただでさえアイドルみたいな可愛い顔のほのかが、そんな表情でするポーズはとてつもなく可愛い。


 ルカはめちゃくちゃ意外に思う。

 以前のほのかなら、仕事が上手くいかないときには明らかに不機嫌になることが多かったからだ。


「どうしたんですか、ほのか先輩?」

「え? なにが?」

「すごくポジティブだなぁって思って」

「あれ? あたしがそんな態度だったら変かな?」

「いえ、すごくカッコいいです」

「うんうん、もっと褒めて褒めて!」


 嬉しそうに笑うほのかのキラキラした笑顔がホントに可愛くて、ついルカは本音を口にした。


「ほのか先輩、すごく可愛いですね」

「いや、えへへ……ルカたんには負けるから」


 確かに前向きで明るい表情のほのかは、いつもよりも一層可愛く見える。

 笑顔は最高の化粧だなんて言ったのは誰だったっけ、なんてことがルカの頭に浮かぶ。


「いえ。冗談じゃなくて、ホントに可愛いですよ。そんなにポジティブなのは、もしかして凛太先輩の影響ですか?」

「ぶほっ!」


 いきなりほのかが吹き出した。

 慌てて口元を手でぬぐっている。


「いや、ひらりんは関係ないからっ!」

「そうですか」


 ルカは深く突っ込むこともなく、サラッと流した。凛太の話題をほのかにしつこくするのは、なんだか気が引けた。

 しかしほのかの方がちょっとバツが悪そうに、凛太の話題を続けた。


「いや……まあちょっとはひらりんの影響あるかな」


 恥ずかしそうに上目遣いでそういうほのかの顔は……


 ──恋する乙女の顏。


 ルカにはそう見えた。


「ほのか先輩みたいに明るくなれるように、私もがんばります」

「おぉっ、今日のルカたんはなんだか、積極的だねぇ」

「はい」


 凛太先輩に好意を持ってもらえるように。

 正々堂々とがんばる。

 そんな思いを胸に抱くルカ。


「ところでさぁルカたん」

「はい?」


 ほのかは、ルカが机の上に伏せて置いたスマホにチラと視線を向けた。

 ルカはドキリと鼓動が跳ねる。


「さっき熱心に見てた写真。それって……」


 ──あ。やっぱり見られてた。


 ルカの顏から、さぁーっと血の気が引く。

 とうとうバレてしまった。


 以前から、ほのかと麗華にはこう言ってあった。


『高校時代に部活を遠くから眺めていた憧れの先輩。今もその先輩を超える男性が現れない』と。


 凛太が志水営業所に赴任してからも、決して誰にも明かしていないルカの秘密の想い人。

 それがとうとうバレてしまった。


 以前のルカなら、もしもこの写真をほのかに『ひらりんでしょ?』と言われても、なにがなんでも誤魔化していた。

 絶対に違うと言い張る選択肢しかなかった。

 自分が凛太を好きだなんてことは、営業所の和を考えると、絶対に悟られてはいけないことだと思っていた。


 だけど昨日凛太と色んな話をして、ルカのそんな気持ちに少しながらの変化が芽生えている。

 今ほのかに、この写真が凛太だろうと指摘されたら、なんと答えたらいいのか。


 しかし、それでもルカの心は揺れ動く。

 素直に認めるべきか、あくまで否定するべきか。

 ほのかの言葉の続きを待つルカの身体は、ぎゅうっと緊張に包まれる。


「日本代表の選手? 昨日撮ったの?」

「え?」


 昨日ルカが観戦に行った試合で写真を撮ったのだとほのかは勘違いしている。

 もちろん日本代表のユニフォームと凛太が着ているユニフォームは違うものだ。

 しかしサッカーをよく知らないほのかには同じものに見えたに違いない。


 ルカはホッとすると同時に、身体中から力が抜けてるのを感じた。


「あ、はい。そうです」

「そっか。ルカたんはホント、サッカーが好きだねぇ」

「はい。大好きですよ」


 そう答えて、背中に冷や汗を感じながらも、ニコリと微笑むルカであった。

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