第89話:突然やってきた嵐
◆◆◆◆◆
<凛太side>
ある日のこと。それは週半ばの水曜日のことだった。
外回りからオフィスに戻ると、事務所に入ったところでほのかとルカが会話してる声が聞こえてきた。
「所長を訪ねて来てる人、めっちゃイケメンだったねぇ!」
「確かに。ほのか先輩はイケメン大好きですもんね」
「うん! だぁ〜い好きぃ〜」
誰か来訪者があるみたいだな。
そう言えば所長は事務所内に姿が見えない。
ほのかはえらいテンション上がってるなぁ。
後姿だけど、腕を振ってノリノリだ。
こっちを向いていたルカと目が合った。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい凛太先輩」
「えっ……?」
ほのかが俺に気づいて振り向いた。なぜか青い顔でフリーズしてる。
「誰か所長に来客?」
「はい。ヒューマンリーチって会社の人が……」
「ああ、なるほど。その人がめっちゃイケメンなんだな」
「あっ……ひらりん、聞いてた?」
「ああ。ほのかがでっかい声で言ってたからな。そりゃ聞こえるよ」
「えっと……あ、ひ、ひらりんも、まあまあイケメンだからね。あはは」
「どうした? ほのかにしたら珍しいな。そんなフォロー要らない」
「あ、いや……フォローって言うかなんて言うか……」
あれっ?
もしかしてあの傍若無人な言動が多いほのかが、俺に気を遣ってくれてる?
大丈夫か? 台風でも来るんじゃないか?
──あ、いや。人の気配りをそんなふうに取っちゃダメだな。素直に感謝しないと。
「だから気にすんなって、あはは。でも気を使ってくれてありがとな、ほのか」
「いや、だから……ごめんねひらりん」
謝るな! そこで謝るな!
俺がイケメンじゃないことがさらに浮き彫りになるから。
「そう言えばヒューマンリーチって会社名、最近取引先の人から聞いたな。俺たちと同業の人材紹介会社だ。つまりライバル企業なのに、いったい何をしに来たんだろ?」
「そうなんですか? 私が初期応対をして名刺を見ましたけど、来られたのは
「へぇ。ライバル企業の社長が自ら? その人がイケメンだったってこと?」
ほのかに目を向けると、何やら驚いた顔をしてる。
ただでさえ大きな目が飛び出しそうに見開いてる。
どうした?
「勝呂 悠平って……確か麗華所長の前の所長だよ」
え? そうなのか。
イケメンってことより、そっちの方がびっくりだよ。
「え? ホントに?」
「うん。あたしが1年半前にここに赴任した時は、ちょうど麗華さんが所長に就任した直後だったんだよ。勝呂さんが会社を辞めて、代わりに麗華さんが所長になったんだって。だから勝呂さんって、あたしは直接は知らない。さっき初めて、顔をチラッと見ただけ」
なるほど。ルカもうなずいてる。ルカの入社は半年前だし、ほのかと同じく直接は知らないんだな。
「でも麗華所長から勝呂さんの名前は聞いたことあるよ。仕事を教えてくれた上司で、麗華さんの憧れの人だって。以前飲んでる時に言ってた」
神宮寺所長の憧れの人?
へぇ、そんな人がいたんだ。初耳だ。
「へぇ、そうなのか。そりゃあほのか、残念だな」
「残念? 何が?」
「だってせっかくの大好きなイケメンなのに、神宮寺所長の憧れの人じゃあ、手は出せないもんな」
「へっ? な、なんの話かなぁ?」
「だってさっき、イケメンだ〜い好き〜って言ってただろ?」
「そんなこと言ってませぇーん。ひらりんの耳はおじいちゃんかなぁ? きっと空耳ぃ〜」
──ん?
さっきもイケメンがどうのこうのって話してたばかりなのに、なんでとぼけてるんだよ?
しかもとぼけ方が思いっきり雑だぞ。
「言ってましたよ、ほのか先輩」
突然ルカが、ぼそっと呟いた。
慌ててほのかはギロっとルカを睨んでる。
「ルカたん……コロス」
なに物騒なことを言ってるんだコイツは。
だけどルカは華麗にスルーして、淡々と話を続けた。
さすがルカ。ほのかの扱いに慣れてる。
「でもそんな人が、何しに来たんでしょうね? 以前の職場の懐かしい人に会いに来たとか?」
「うん、そうかもな。所長は勝呂さんの以前の部下なわけだし」
そんなことを話していたら、オフィスのドアが開いて、神宮寺所長が戻って来た。
「あ、お帰りなさい所長」
「あら、平林君も戻って来てたのね」
「はい」
そんな会話を交わした直後、またドアがガチャリと開いた。
──ん? 誰だ?
長身の男性が二人、オフィスの中に入ってきた。
外部の人間が勝手にオフィスに入ってくるなんて。
……と思ったら、神宮寺所長が振り返って、驚いたような声を出した。
「ちょっと勝呂先輩! 勝手に入ってこられたら困ります!」
「いいじゃん麗華。ここは俺の古巣だし。キミの部下の皆さんにも挨拶しときたいし」
ああ、これが噂の勝呂さんか。
確かに彫りの深いイケメンだ。メガネが知的な雰囲気を醸し出してる。背が高いしスタイルもいい。
めっちゃカッコいいな。
ほのかがイケメンだって言うのもわかる。
しかも一緒にいるもう一人の若い男性もかなりのイケメンだ。
こっちは長髪で色黒の、ちょっとワイルドなタイプ。
二人並んでいると男性アイドルユニットかよって感じ。
「ダメだって言ってますでしょ!」
麗華所長が二人の男性の前に立って、室内に入ってくるのを防ごうとした。
「あ、キミが小酒井ほのかさんだね。噂通りすっごく美人だ。それにキミが愛堂ルカさんか。この営業所は、美人ばっかりだね! いやホント凄いよ!」
勝呂さんはオフィスの入り口辺りから事務所内を見回して、いきなりそんなことを言い出すなんて。どういう人だよ?
さすがのほのかも、それにルカも固まって呆然としてる。
でも前の所長だって話だし、神宮寺所長の憧れの先輩なら、俺も文句を言う訳にもいかない。
「ちょっと勝呂先輩! ホントに困ります。さっきの話は考えるって言いましたよね。もう帰ってください」
さっきの話?
なんだろ?
でも所長の言葉を無視して、勝呂さんは今度は俺に目を向けた。
「えっと……キミは? 情報では、男性社員はもっと年輩の人しかいないって話だったんだが」
「あ、
「あっそ。じゃあ君も誘ってあげよう」
「え? 誘うって何を?」
「ほのかちゃん、ルカちゃん、そして……えっと平林君だっけ。キミ達全員、麗華と一緒にわが社に転職してくれたまえ。給料は今の3割増しで出すから!」
なんと。
勝呂さんはこの営業所のメンバーをヘッドハンティングに来たのか。
給料を3割増しだなんて、かなりの好待遇だ。
しかも全員同時にだなんて。
もしもそんなことになったら──この営業所は潰れてしまう。
いや。全員じゃないにしても。
例え一人でも二人でもライバル企業への転職に応じたりしたら、この営業所は空中分解してしまう。
これは突然やって来た嵐のような、そんな衝撃的な話だった。
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