第58話:ほのかの唐突な言葉にどきり

「ところで所長。昨日はちゃんと帰れたの?」


 ほのかの唐突な言葉に、俺はどきりとした。

 なんでほのかは、所長が一人でちゃんと帰れなかったことを知っているんだ?

 まさかどこからか見てたとか?


 俺が電車に乗って所長の最寄り駅まで送って行ったことは、知られているんだろうか?

 いや、それどころか駅前広場のベンチで、所長が俺の腕に頭を当てて眠っていたことまで知られているなら、ちゃんと事情を説明しないと、誤解されているかもしれない。


「もちろんよ。いつもどおり・・・・・・、ちゃんと帰ったわよ」

「そっかぁ。焼き肉なんて美味しいものを食べたら、所長のことだから、帰れないくらい食べすぎたかと思いましたぁー!」

「なにバカなことを言ってるの。食いしん坊のほのちゃんじゃあるまいし、帰れないほど食べ過ぎるわけがないでしょ!」

「ええ〜っ、所長ひっどぉーい! あたしが食いしん坊だなんてっ!」

「え? 食いしん坊でしょ?」

「はい。おっしゃる通りです……」

「ふふふ。でしょ?」

「うん、そだね。ハハハ」


 俺が一人、ドキドキはらはらしてる間に。

 所長とほのかは、とってもほのぼのとした会話で盛り上がって笑い合っている……


 なんだよ、ほのかのヤツ。

 昨日所長が酔い過ぎたことを知っているわけじゃなくて、冗談だったのか。


 ドキドキして損したよ。


 それにしても所長はさすがだな。

 ほのかの驚くような発言にもまったく動じることなく、昨日あんなことがあったなんて微塵も感じさせない冷静な態度で対応している。


 昨日のあの酔ってデレッとした姿とか、焦って謝ってた姿がまるで嘘のよう。

 逆に昨日のような所長の姿を見れたのは、なんだかとても貴重なことのような気がしてきた。


「おはようございます」

「あ、おはよールカたん!」

「どうしたんですか? なんだか楽しそうですね」

「おはようルカちゃん。朝からほのちゃんが面白い冗談を言うから、盛り上がってたのよ。今日も一日、元気にがんばりましょう」

「はい」


 ルカも笑顔で答えた。

 朝からみんなが楽しそうで、ホントにいい雰囲気だ。俺もがんばろう。

 そう思えるような、一日の始まりだった。




◆◇◆◇◆


 それから数日が経った。今週は加賀谷製作所さんへの紹介人材への対応もあって忙しく、あっという間に過ぎた気がする。



 ──そして金曜日の夜。


 終業時間も過ぎ、戸塚、中島と飲みに行く約束の時間が近づいた。俺はデスク周りを片付けて立ち上がり、他の3人に声をかけた。


「お先に失礼します」

「あれ? ひらりん。いそいそしちゃってどうしたのぉ?」


 ほのかがジト目で訊いてきた。

 確かに高校の同級生と会うのが楽しみで、そんなふうに見えているのかもしれない。


「ああ。今日は今から、高校時代の友人達と飲みに行くんだ」

「へぇ……女の子と?」

「はっ? んな訳ないだろ。男ばっかだよ」

「やっぱりね……」


 ほのかがニカッと笑う。


「なんだよ、やっぱりって」


 どうせ俺はモテない男だよと言いたいけど、自虐ネタを言うと、言われた方が反応に困るだろうからあえて言わないでおく。


「あれ? ほのか先輩、なんだか嬉しそうですね?」

「へっ? な、なに言ってんの、ルカたん! 別に嬉しいとかじゃなくて、美味しいものを食べに行けていいなぁ……って意味の笑いだからっ!」

「へぇ、そうですか……」

「そ、そうだよっ! ルカたんだって、美味しいもの食べに行きたいでしょ?」

「それはまあ、そうですけどね」


 ルカは横目で意地悪そうにほのかを見ている。この二人、相変わらずボケとツッコミみたいで楽しいコンビだ。


 こういう楽しい雰囲気の営業所でホントに良かった。ほのかにもルカにも、そしてもちろん所長にも感謝だ。


「今日はさ。加賀谷製作所さんの情報をくれたヤツらと会う約束をしてるんだよ。お礼を兼ねて飲もうって話になってる」

「ああ、そうなのね平林君。ありがとうございましたって、お伝えしてくれる?」


 神宮寺所長がそう言った。


「あ、はい。わかりました」

「ホントなら、その人達に直接会ってお礼を言いたいとこだけどね」

「いやいや所長。そこまでしなくていいですよ。俺が代わりに、しっかりと礼を言っときますから」

「そうね、わかった。よろしくね。じゃあ行ってらっしゃい。気をつけてね」

「はい。ありがとうございます。じゃあお先ですー!」


 俺はオフィスを出て、待ち合わせ場所の駅前へと歩いて向かった。




***


 待ち合わせ場所の駅前に着いた。


 駅前のちょっと広場のようになっている所には犬の銅像が置いてあって、その周りには待ち合わせの人々がいて、まるで渋谷駅前みたいだ。


 ──あ、言いすぎた。


 田舎町のことだから、それほど多くの人はいない。それでも5〜6組のグループが待ち合わせをしている。


 犬の銅像のすぐ目の前に立って、二人で会話をしている戸塚と中島が目に入った。二人ともスーツ姿だし髪型も少し変わっているけど、昔の面影は全然変わらず、懐かしさが胸にこみ上げる。


 俺が近づいて行くと、こちらに気づいた戸塚が手を挙げた。


「おーい、ひらりんこっちだ!」

「おう、戸塚! 久しぶり!」


 俺が戸塚の肩を叩いて挨拶を返すと、横から今度は中島が俺の肩を叩いてきた。


「ひらりん、久しぶりだな!」

「おっ、中島。今回はホントにありがとう! 感謝しかないよっ!!」


 中島に握手を求めたら、気軽に握り返してくれた。

 高校時代はそんなに仲が良かった訳でもないのに、こうして久しぶりに会うと、以前から親しい友人だったような気がするから不思議だ。


「いやいや、気にすんなって」

「ウチの営業所長もめちゃくちゃ感謝してたよ。よろしく伝えて欲しいって言ってた」

「そっか。それよりもひらりん。お前ホントに変わらねぇなぁ!」

「そうか?」

「ああ、そうだよ!」


 昔の友達に会うって、なんでこんなにテンションが上がるんだろうってくらい、みんなはしゃいでいる。


 気持ちまで、高校生に一気に戻ったような気分だ。ホントに不思議。今日は男三人きり、楽しい飲み会になりそうだ。


 俺は素直にそう思った──

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