第52話:俺って……不思議ちゃん?

「私の周りって、学生時代からそうなんだけど、学力とか能力とか、そういうもので競い合ってるような人ばっかりだったから、平林君みたいな誠意と熱意と笑顔が素晴らしい人と、近くで接するのほとんどなかったのよ」


 神宮寺所長は俺の顔をじっと見つめて、真顔でそう言った。


 でも俺みたいなタイプって、どこにでもいるよな。

 特に珍しいタイプとは思えないけど。

 熱意と笑顔が素晴らしい人だなんて、いくらなんでも俺を持ち上げすぎだろ。


「所長。……そんなに持ち上げても、何もおごりませんよ」

「こらこら、平林君。そういう定型的なボケは求めてないわ」

「あ、すみません」


 極めて真面目に、冗談をピシャリと否定された。


 神宮寺所長って頭も良さそうだし、三流大出の俺と違って、きっと一流の大学を出てるんだろう。

 そういう世界に過ごして来たら、確かに頭の良さや能力で勝負しようって人が多いのかも。


 逆に俺は頭も悪いし、何か特別なスキルがあるわけでもない。

 だから一生懸命さと誠意でぶつかっていくしかないんだよな。


「平林君。あなたって……」

「え?」

「なんだか不思議な人ね」

「俺って……不思議ちゃん……ですか?」


 俺は自分で自分のことを、不思議ちゃんだなんて思ったことはない。

 所長から見たら、そう見えるんだろうか……?


 なんて考えていたら、所長はプッと笑った。


「いえ、だから、そうじゃなくて。何か人を惹きつける、不思議なものを持ってるなぁ、ってこと」

「あ……ありがとうございます」


 いやいや。優秀で超美人の神宮寺所長にこんなことを言われるなんて、背中がくすぐったすぎる。俺を持ち上げるにもほどがあるぞ。


「所長。ホントに……何もおごりませんよ?」

「わかってるわよ。逆に加賀谷製作所の話が上手く行ったお礼も兼ねて、祝勝会をしましょう。私がおごるわ」

「えっ? いや、俺は仕事でやっただけだから、お礼なんてとんでもないですよ!」

「いいから平林君。お礼をさせて。だって専務の誘いに乗らなかったのも平林君のおかげだし、加賀谷社長と会えたのも君のおかげ。このまま部下に頼りっきりじゃ、私自身が納得できないもの。せめてお礼ぐらいさせてよ」


 もしかしたら、俺は──

 神宮寺所長のプライドをいたく傷つけてしまったんだろうか……?


 心配になって所長の顔を見たら──あれ?

 そうじゃなくてニコニコ笑ってる。

 ホントにお礼をしたいと思ってくれているようでホッとした。


 まあ、上司におごってもらう飲み会なんて、世間では普通にあることだし。

 今回はありがたくお世話になるとするか。


「わかりました。ありがとうございます。ご馳走になります」

「はい、素直でよろしい。じゃあ今夜行くよ?」

「あ、はい。わかりました」


 ところで。

 凜さんにも『素直でよろしい』ってセリフを言われた気がする。


 俺って年上の女性から、子供っぽく見られているんだろうか……?



******


 オフィスに戻って、加賀谷社長から人材紹介の依頼を受けたことを、神宮寺所長がほのかとルカに伝えた。


 そのとたん、ほのかは満面の笑みでガッツポーズ。

 弾けるような笑顔を見せたら、くりっとした目とかこぢんまりとした顔とか小柄な身体つきも相まって、ほのかってやっぱりアイドルみたいに可愛い。

 


「やったぁー! さっすが麗華所長ぉっ!」


 弾けるような声でそう言ったあと、ほのかはなぜか小声になって俺を見た。


「……と、ひらりん」

「なんで、そこ小声なんだよっ!?」

「えっと……なんとなく」

「まあいいよ、別に」


 俺はちょっと不機嫌な顔と声でほのかに返した。

 もちろんそれは演技で、別に本気で気を悪くはしていない。


 所長にも言ったとおり、これは俺の力というよりも蘭さんや凜さん、そして加賀谷社長とか、みなさんが良い人だったからだ。俺が偉そうに『さすが』と言われるべきものではない。


「まあまあ凛太先輩。私は凛太先輩の努力と熱意のおかげだって思っていますからね」


 ニヒっと意地悪な顔をしたほのかの横から、ルカが俺をなぐさめるように声をかけてくれた。

 そしてニコリと笑いかけてくれる。


 ルカはまさに氷川姉妹と話をした現場に出くわしたのだから、きっと『私はちゃんとわかってますよ』と俺に伝えようとしてくれているのだろう。


 ホントに先輩想いの、優しい後輩だな。

 その心配りがありがたい。


 俺は「ありがとう」とお礼を言いながら、ルカの心配りがわかってるよという意味で、ルカにだけ見える角度でウインクを返した。


「え……? あ、えっと……」


 ルカは急に、おたおたした態度になって、顔が火が噴き出しそうなくらい真っ赤になった。

 しまった……

 ウインクなんてキザだと思われたんだろうか。こんな恥ずかしいことをしなけりゃよかった。


「どうしたのルカちゃん?」

「あ、いえ、なんでもないです、麗華所長……」


 ルカは指で前髪を引っ張って、顔を隠してごまかしている。

 そんなルカを少し不思議そうな顔で見ていた所長だったが、ふと思い出しようにみんなに言った。


「そうそう。まだ人材紹介が成立したわけじゃないけどね。平林君の大活躍で加賀谷製作所との話が上手くいったから、今夜は祝勝会をしようって話になったのよ。ほのちゃんとルカちゃんも一緒にどう?」

「あ、所長。あたしダメだ。今日は早く帰らなきゃ。ふぇ~ん、美味しい物食べたかったよぉ……残念っっ!」

「私も予定があって……すみません麗華所長」

「あ、そうなの。二人ともダメなのね。じゃあ仕方ない、平林君。二人で行きましょうか」


 二人とも残念そうにそう言った。

 でも、こんな美人上司と二人で飲みに行くなんて……


 ──と一瞬思ったけど、逆に女性上司だということを、俺が変に意識する必要はないよな。


 今の時代、女性上司も増えているし、上司と部下がコミュニケーションを取るためには、そういうシチュエーションもあるだろう。

 変に意識する方が、自意識過剰でおかしいのだと思う。


 だから俺は、何ごともなかったように「はい。わかりました」と素直に答えた。

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