第50話:神宮寺さん、ありがとう

「仕事を餌に食事にお誘いするなんて、恥ずべき行動だ。大変申し訳ない」


 加賀谷社長は所長の目をしっかり見て、もう一度深々と頭を下げた。


 専務がしたことは、しっかりと社長に伝わっているんだ……

 しかも……凛さんからこの話が加賀谷社長に伝わったのは、早くても今朝のはず。それが既に専務と鈴木課長のヒアリングまでやってるなんて。


 さすがは社長。動きがめっちゃ早い。

 横に座る神宮寺所長も、驚いた顔をしている。


「社内のことは今後きちんと、しかるべき対応をするので、お許しいただきたい」

「わかりました。私どもは別にことを荒立てる気はございませんので、それは加賀谷社長にお任せいたします。逆に加賀谷社長にはお気遣いをいただき、大変感謝いたします」


 今度は所長が深々と頭を下げた。

 それに合わせて、俺も頭を深く下げる。

 加賀谷社長には、本当に感謝だ。


「神宮寺さん、ありがとう。そう言っていただけたら助かるよ。今後ウチの専務が御社や神宮寺さんに、決してご迷惑をおかけしないよう、社長のわたしが責任をもって対応しますから」


 専務が懲戒処分を受けるのか、それとも大した処分は受けないのか、それはわからない。だけどもそれは加賀谷製作所さんの問題だ。


 でも加賀谷社長の潔い詫びと、真摯な態度は確かに信頼できる。あとは加賀谷社長に任せるのがいいように思う。

 専務がどんな処分を受けるかよりも、神宮寺所長が専務から逆恨みされないことの方が大事だし。


「はい、ありがとうございます」


 隣に座る所長も同じような思いなのか、穏やかな表情で笑みを浮かべた。


「ところで神宮寺さん」

「はい」

「当社の新規プロジェクトへは、良い人材をご紹介いただけそうですかな?」

「あ、はい! もちろんです」


 今の口ぶりだと、加賀谷社長はウチに人材紹介の依頼をくれそうで良かった。

 そう思って、俺はホッとした。


 ──と安心したら、社長が神宮寺所長を真顔で見て、言葉をつないだ。


「しかし、一つだけ申し上げたい」


 いったい、なんなのだろうか。


「なんでしょうか?」

「今回専務のことは本当に申し訳ないと思っているんだが、だからと言って、当社の基準に合わない人材を御社から採用することはできない」

「はい、もちろんです」

「今回の新規プロジェクトは当社にとっては極めて大事なんだ。だから御社への詫びのために御社を優先して、基準に満たない人材を採用するなんてことはできないんだよ。わかってくれるかな、神宮寺さん?」

「はい、わかります。当たり前の話だと思います。私も、弊社を優先していただくなどということはまったく望んでおりません」


 所長が言うとおりだ。

 専務のことがあったからと言って、そんな無理をお願いなんかしたら、専務とやってることはあまり変わらない。


「そうか、ありがとう。神宮寺さん。あんたは真面目でいい人だ。では今回の人材募集はすべて私が窓口になるから、紹介の方、しっかり頼みますよ」

「あ、ありがとうございます!」


 所長はパァーっと弾けるような笑顔になって、俺の方を向いた。少し猫目で厳しい所長の目尻が、今は下がって本当に嬉しそうだ。

 俺も笑顔を返すと、所長はコクンとうなずいてくれた。


「それと……平林君」

「あ、はいっ!」


 うわっ。加賀谷社長の口から、いきなり俺の名前が出てきてびっくりした! しかも威厳のある、そんな太い声で呼ばれたら、誰でもビビるよ。


「君は、なかなかやる男のようだな」


 ──へっ? なにが……?


 なんでそんなふうに言われるのか、マジでわからない。


 だって加賀谷製作所さんの仕事は、俺はまだ何もしてないんだから。


「秘書の氷川君が言ってたよ。妹の友達ということだけじゃなくて、本当に信頼できる人ですよと」

「そ、そうなんですか? それはありがたいです」

「あのいつも冷静で厳しい氷川君が絶賛する男なんて、そうはいないからなぁ、ワッハッハ」


 凜さんが俺を絶賛してくれていた……?

 なんでだろ?

 そんな大したことはしてないのに。


「まあとにかく。神宮寺さんも平林君も、信頼できそうだ。これからもよろしく頼むよ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 ──良かった。

 ホントに良かった。


 ここに来る前には、当社の良さをアピールしようとか所長と言ってたけど。


 結局こちらからは、何もアピールも営業トークもしていない。だけど加賀谷社長は、俺たちに人材紹介を依頼してくれることになった。


 これはすべて凜さんのおかげだ。


 ──あ、それと、加賀谷社長のお人柄が素晴らしいからだな。


 あのチャラい専務の父親とは思えないほどだ、あはは。


 よし。オフィスに戻ったら、早速紹介人材のピックアップをしよう。


 ……あ、しまった。

 こんなことなら、先に人材のピックアップをして、候補者の資料を持ってくればよかったな……


 ──なんて後悔してたら、横の所長がビジネスバッグから大きな封筒を取り出した。


「加賀谷社長。ここに御社に紹介したい人材の資料が5名分ございます。ご覧いただけますか?」

「おお。助かるよ。見せてくれたまえ」


 ──え?


 ちゃんと……準備してきてる?

 急に凜さんから電話が入って、バタバタと出てきたあのシチュエーションで?


 さすが神宮寺所長!!

 できるオンナは違う!


 ……って言うか、俺がやっぱりデキナイオトコだな。

 くそっ、反省だ。


「うん。なかなかいい人材だ。当社が求めている人材像を、よくわかってくれてるね、神宮寺所長」

「はい。ありがとうございます」


 加賀谷社長は5名分の資料を見て、全員が書類選考合格だと言ってくれた。

 全員、面接をしてくれるらしい。


「面接の日程は、あとで秘書の氷川君から連絡を入れさせるから、スケジュール調整をしてくれるかな」

「はい、加賀谷社長。かしこまりました」


 神宮寺所長は爽やかに、ニコリと笑った。

 加賀谷社長も満足げな笑顔を返している。


 ──いや、ほんとカッコいいよ神宮寺所長。


 俺は素直にそう思った。

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