第45話:幸せです……とルカが言う
テーブルの上に置かれた2種類のフルーツタルト。
それを笑顔で眺めるルカを見て、俺は「幸せそうだなぁ」と言った。
「あ、はい。幸せです」
ルカは目を細めてうなずく。
そしてフォークを使って、フルーツタルトをぱくりと口に入れた。
「うーん、美味しいっ。やっぱり幸せです。凛太先輩もどうぞ」
ルカは目をきゅっと閉じて、フルーツタルトを味わっている。
ホントに美味しそうな顔をするなぁ。
そんなルカの顔を見ながら、俺もタルトをひと口、頬張った。
フルーツの爽やかな甘みと、タルトの濃厚な甘みが交じり合って、これは確かに幸せな甘さだ。
甘いもの好きの俺にとってはたまらなく旨い。
「うん、確かに! この味は……幸せだなっ!」
「でしょっ?」
「ああ」
ルカは満足そうな顔をして、うなずく俺を無言でじっと見つめた。
「ん……? どうした?」
「えっ? あ、いえ……今日は凛太先輩に出会えて、ホントによかったです」
「そ……そっか?」
「はい。おかげで映画は楽しく観れたし、タルトも食べられました」
──ん?
まあ、タルトは俺が奢ったわけだけど……
「映画を楽しく観れた……?」
「はい。一人で心置きなく観るのもいいですけど……同じ作品を好きな人と一緒に観るのは、これはまた楽しいものですね」
「えっ……? 好きな人と一緒に?」
「えっ? あ……い、いえ。『同じ作品を好き』な人という意味です」
「あ、ああ。そうだな。る、ルカの言うとおりだ」
──うわ、びっくりした。
一瞬、心臓が止まるかと思ったよ。
そうだよな。そういう意味の文脈だよな。
俺の誤解のせいで、ルカは顔を真っ赤にしてワチャワチャしてしまってるじゃないか。スマン、ルカ。
でも確かに──それは言えるよな。
同好の士と共に観る映画は楽しい。
「きょ、今日の私は、とてもラッキーです」
「そっか。そう言ってもらえて良かったよ」
「はい」
ルカはそう言って、またひと口タルトを口に入れた。そして目を細めて「美味しい」と微笑む。
そんな姿を見ると、俺も楽しい気分だ。
女の子とのデートって、こんな感じなのかなぁ……
──あ、いや。
今俺は、とんでもないことを想像してしまったな。デートを思い浮かべるなんて、ルカに失礼だ。
「ところで凛太先輩」
「へっ……? な、なに?」
マズい。変なことを考えていたから、ちょっとキョドってしまった。
「志水営業所はどうですか? どんな印象ですか?」
「あ、ああ。そうだな。神宮寺所長は真面目で熱心だから尊敬できる人だし、ほのかはフレンドリーで面白いヤツだし、ルカは……」
ルカは目を細めたまま、コクンと首を傾げた。
こ、これは……
なにかいい評価を言うのを期待されている……よな?
いや。
おべんちゃらを言うんじゃなくて、ホントに思っていることを言おう。
「ルカはとても親切で優しくて、俺を応援もしてくれるし、凄く感謝してる……」
「そ……そうですか?」
俺の答えがルカはかなり照れ臭いようで、手のひらでパタパタと顔を煽っている。
「うん。みんないい人で良かった。志水営業所に転勤してきて、ホントに良かったよ」
「いえ。凛太先輩もとてもいい人です。凛太先輩が来てくれて、ホントに良かったです」
「ルカにそう言ってもらえると嬉しいよ」
「あ、いえ……ホントに思ってることですから」
「まあ、ほのかは、俺が来て良かったって思ってるかどうか、疑わしいけどな。あはは」
「ふふふ、そうですね。でも……」
ルカは楽しそうな笑顔を浮かべた後、少し真顔になった。
「ほのか先輩も、凛太先輩が来てくれて良かったと思ってると思いますよ」
「そ……そっかなぁ?」
「そうですよ……たぶん」
「たぶん……ね」
「はい。うふふ」
ルカの楽しそうな笑顔を見ると、今日たまたまルカに会って、こうやってコミュニケーションを取れて、ラッキーだったと俺も思った。
それからしばらく会社のことなんかを雑談していたら、ルカがふとスマホを見て「もうこんな時間?」と驚いた。
「今日は夕飯までに帰ると、母に言って出てきたのです。これから服も買うので、そろそろ行かないと……」
「そうか。じゃあ、行こうか」
「はい。それにしても、楽しい時間はあっという間に過ぎますね」
──楽しい……時間?
ルカの先輩に対する気遣いもあるのだろうけど、それでもそう言ってもらえるのは嬉しい。
俺も映画を観れたし、未体験のフルーツタルトを食べられたし、ルカとのコミュニケーションも深められた。
思いもよらない時間を過ごせて楽しかった。
「あ、そうだ、凛太先輩」
「……ん?」
「今日、アニメ映画を観に来たことは恥ずかしいので、所長やほのか先輩には内緒ということで……」
「うん、そうだな。内緒にしとこう」
ルカがみんなに内緒にして欲しいと言うんだから、その気持ちは尊重したい。
それに、別にやましいことをしているわけではないけど、休みの日にルカと映画を観てタルトを食べたなんてほのかや所長に知れたら、なにか誤解されるかもしれない。
「じゃあこれは凛太先輩と私の、二人だけの秘密ということで」
ルカは少しいたずらっぽい笑みを浮かべている。
「わかった。二人だけの秘密な」
何度も言うが、別にやましいことをしているわけではない。だけど二人だけの秘密なんて言うと、ちょっとドキドキしてしまう。
そんなことを思いながら、フルーツタルトの店を出て、そこで俺はルカと別れた。
あとは──
加賀谷製作所の社長との面談が実現すれば、今日の動きは本当に意味があったものとなる。
浮かれてばかりはいられない。
俺はそう気持ちを引き締めて家路についた。
◆◇◆◇◆
〈ルカside〉
その日の夜。
家族で夕食を食べたあと、自分の部屋に戻ったルカは、ベッドにぼすんと腰を下ろした。
そして「ふぅーっ……」と息を吐いて、天井を見つめる。
頭には、今日の昼のできごとが鮮やかに蘇る。
「まさか、凛太先輩と、あんなところで出会うなんてなぁ……」
そう呟いたルカの顔は、知らず知らずに緩んでいる。
普段はあまり気持ちを大げさには表情に出さないルカだし、ましてや今は自分の部屋に一人。
普通ならニヘラと笑うことなんて、めったにない。
しかし今のルカは凛太のことを思い出して、ついつい表情が緩んでしまうようだ。
ルカはベッドに腰掛けたまま、ふと思いついたようにスマホを手にした。
写真アルバムアプリを開き、『お気に入り』のフォルダを開く。
そこにはたくさんの写真が保存されている。
そのほとんどは、ある男性を遠くから撮影したものだ。
一人で映っているものもあれば、何人かで映っているものもある。
──そう。
例の、高校時代の憧れの先輩。
ルカはそれらの写真の一枚をタップして画面に表示させ、そしてその写真を……じーっと見つめた。
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