第34話:加賀谷製作所の秘書は美人でガードが固い
中島は、加賀谷製作所の社長とアポイントを取るルートは二つだと言った。
一つは息子である専務。
そしてもう一つは社長秘書だと。
「なあひらりん。専務を通じて、ってのはない話だろ?」
「えっ? あ、ああ。そうだな」
「いや、なんとなくわかるよ。採用のことは専務がやってるからな。わざわざ社長に会いたいってことは、専務じゃ話にならんてことだろ?」
「まあ、そうだな。わかってくれてて話が早い」
俺がアハハと苦笑いすると、中島も笑いながら「あの専務じゃなぁ……まともな話にならんよな」と言った。
「なあひらりん。お前の力になってやりたいんだけどさ……その社長秘書ってのがなかなかガードが固くてさ。簡単には社長に取りつないではくれないんだよ」
「そう……なのか?」
「ああ。氷川さんっていうんだけどさ。めちゃくちゃ美人なんだけど、仕事に厳しくて、態度もまさに氷のように厳しいんだ。俺なんか、絶対に相手にされない」
仕事に厳しい氷川……さん?
なんか、どこかで聞いたようなフレーズだな。
あの志水物産の氷川さんの親戚とか?
いや、まさかな……
「俺があと提供できる情報としたら、氷川さんはプリンが大好きってことくらいだ。大した情報が無くて、すまんなひらりん」
「いやいや。ありがたいよ! ホント感謝だ」
特に、秘書さんはプリン好きという情報は貴重だ。だってプリン好きに悪い人はいないんだから。
まあ冗談はさて置いて、氷川さんには明日にでも確認してみよう。加賀谷製作所は地元の有力企業だから、ホントに親戚が勤めているって可能性もあるし。
「ところで中島。最後にひとつ聞かせて欲しいんだ。大事なことなんだけど……」
「なに?」
「お前の会社、楽しいか? 俺が転職希望者を紹介しても大丈夫か?」
「ああ、それは大丈夫だよひらりん。専務はああいうチャラいヤツだけど、採用とか総務を取り仕切ってるだけだし。他の仕事にはそんなに影響力はない。まあ仕事は楽しいかな」
「そうなんだ……」
「ああ。社長も息子に甘いのはたまにキズだけど、社長の弟さんもいて、専務以外の経営者はしっかりしてるよ。専務が将来社長を継ぐのは既定路線じゃないって社長も公言してるしな」
──中島の言葉で安心した。
加賀谷製作所に人材紹介をすべきか少し心配があったけど、大丈夫そうだな。
「そっか、ありがとう中島。めちゃくちゃ助かったよ」
「おう。また何かあったら声かけてくれ」
「ありがとう」
俺は電話を切った。
でも中島との電話は、収穫が大きかった。何より転職希望者さんを紹介しても大丈夫だとわかったのが大きい。
実際にそこに勤めている中島が言うんだ。信頼できる。
それに、秘書の名前は氷川さんか。
明日、あの氷川さんに電話して訊いてみよう。
──そう考えた。
◆◇◆◇◆
翌日、出社して、ほのかに事情を説明した。
氷川さんの会社はほのかの担当だから、氷川さんに電話をするにあたってはほのかに話を通しておく方がいい。
俺の話を聞いて、ほのかはぽかんと口を開けた。
「そ……そんなことが?」
「ああ。あの氷川さんの親戚や知り合いだったらいいな。でも所長に加賀谷製作所の秘書がどんな人か、ちゃんと聞いておけば良かったな。だったらもっと早く、秘書の名前がわかってたかも」
「いや、そうとも言えないんじゃない? 所長からは秘書の名前まで出てくるとは限らないし。それにひらりんがそうやって調べたおかげで、社員さんの生の声が聞けてよかったじゃん」
「まあ、そうだな」
──ん?
ほのかが笑顔で、俺のことを褒めてくれてる?
いつもより、なんか素直な感じだな。
こうやって笑顔で接してくれたら、さすがに美女がさらに綺麗に見える。
いつも美女っぷりが台無しな言動が多いとか思って失礼だったな。
ほのかに声をかけたし、俺は氷川さんの会社に電話を入れた。
電話口に出た氷川さんの声は、なんだか嬉しそうに弾んでいた。
「あら、平林さんこんにちは。どうされたんですか?」
「あ、氷川さん。お忙しいところ申し訳ありません。ちょっとつかぬことをお伺いするんですが……」
「はい。なんでしょう?」
「加賀谷製作所に、氷川さんのご親戚が勤めていらっしゃったりしますか?」
「えっ……? あ、はい。姉が勤めていますが……それが何か?」
あ……あねぇっ!?
つまり……加賀谷製作所・社長秘書の氷川さんって、この氷川さんのお姉さんって……こと!?
なんと──
俺は、ツイてる。
「加賀谷製作所の社長秘書をされてる氷川さんって、お、お姉さんなんですか?」
「はい、そうですよ。何かありましたか?」
「あ、はい。実は加賀谷製作所の社長さんと直接話をしたい案件がありまして。それで調べたら、社長秘書が氷川さんという方だってわかったんですよ。それで、もし氷川さんのご親戚だったりしたら、ご紹介いただけないかと思いまして」
「なるほど……」
「氷川さんのお仕事とはなんの関係もないことで申し訳ないのですが、お願いできないでしょうか……?」
「そうですね。わかりました。今日帰ってから、一度姉に聞いてみます」
氷川さんは嫌がるふうでもなく、冷たい感じでもなく、即答してくれた。
厳しいとか言われている氷川さんだけど、めちゃくちゃ優しい人じゃないか。
ほんとにありがたい。
「じゃあお姉さんに聞いていただいて、またご連絡をいただけますか?」
「はい、いいですよ」
「あ、そうだ氷川さん。私は外出していることも多いので、ご連絡は名刺に書いてある社用携帯の方にいただけたらと思います」
「はい、わかりました」
やった!
これで加賀谷製作所の社長との面談を社長秘書に直接お願いする機会ができるかもしれない。
氷川さんの親切に、ホントに感謝だ。
でも今日は金曜日なので、今夜お姉さんに話をしてくれるとして、返事は早くて週明けの月曜日か。
お姉さんと話をする機会が持てるかどうか、わからないモヤモヤを抱えて土日を過ごさなきゃならない。
まあだけど──
ウジウジと考えても結果は変わらないんだ。
だから俺は、俺が今やれることを一生懸命にやろう。
そう考えて、今日も一日、ヒアリング記事を作成した企業さんの、転職希望者さんへの紹介を頑張ることにした。
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