第20話:凛太先輩にルカって呼んでいただけたら嬉しいです
愛堂さんは、俺に『ルカ』と名前呼びをする提案をしてきた。それは俺のために無理をして、そう呼んでくれと言ってるんじゃないかと心配になった。
だから愛堂さんにそれを言うと、彼女は意外なことを言った。
「あ、いえ、凛太先輩。そんなことありません。凛太先輩にルカって呼んでいただけたら嬉しいです」
「えっ?」
愛堂さんがそんなことを言うなんて……俺は耳を疑った。
だから俺は思わず呆然として、愛堂さんの顔を見つめていたのだが……
愛堂さんはハッと何かに気づいたような顔になって、ぷるぷるとその整った顔を左右に振った。
そして念押しをするように、ゆっくりと、言葉を確かめながら俺に語り掛けた。
「あ、凛太先輩。もちろん、みんなで、フレンドリーになるために、ですよ」
「あ、ああ。そうだよね」
びっくりした。
一瞬、俺に名前呼びをされたら嬉しいって言ってるように聞こえた。
いかんいかん。ここに来てから、俺は自意識過剰になっているのかもしれない。
そんなはずはないじゃないか。
愛堂さんのせっかくの心遣いを、変な風に勘違いするなよ、俺。
「わかった。じゃあそうするよ。これからもよろしく、ルカ」
「は、はいっ!」
なんだ? やたらと威勢のいい返事が返ってきた。
「これでいいかな、ルカ?」
「はい!」
まただ。威勢のいい返事……
あれ?
こんなシーン、どこかで見たことが……
──あっ、そっか。
初めてほのかを名前呼びした時だ。
ほのかも同じように、やたらと威勢のいい返事をしていた。
もしかしてこの営業所では、下の名前を呼ばれたら威勢よく返事をするという取り決めでもあるんだろうか?
まさか、この地方独特の風習……?
──な、はずはないよな。
俺はこの近くの町の出身だし、高校は志水市内だった。
まさか俺が高校を卒業して東京の大学に行ってから7年で、こんな風習ができあがったとも思えない。
うーん、わからん。
わからないことは訊くのが一番だな。
「あの……ルカ?」
「は、はい! なんでしょうか?」
「この営業所には、下の名前で呼ばれたら、そうやって威勢よく返事をしないといけないってルールがあるのか?」
「え……?」
ルカは思いっきりきょとんとした。
もしかしたら俺が今までの人生で見かけた中で、最大のきょとん顔かもしれない。
「あ、いえ……そんなのないです。もちろん、ないですよ……あはは」
「あ、そうだね。そうだよね! そりゃそうだな、あはは……」
やはりそんなルールはなかったか。
ルカに、変なことを言うなぁと思われただろうから、笑ってごまかした。
まあよくわからないままだけど、この話題はスルーしておこう。
そう思って、俺はJリーグの話題をルカに振った。
サッカー好きだってルカが言ってたからだ。
そしたら幸いルカは食いついてきて、そこからはサッカーの話で盛り上がった。
ルカと話しながら他の二人を見たら、ほのかは興味がないからか、そのうち座ったままこっくりこっくり船を漕ぎだしたので放置しておいた。
所長はルカが嬉しそうに俺と話すのを、楽しそうに微笑みながら聞いている。なんだか娘を見守る母みたいだ。
ルカと所長は年の差5歳なので、母なんて言うと所長に失礼なんだろうけど、やっぱりこれが上司としての意識なんじゃないかと、俺は感心しながら所長の表情を横目で見ていた。
そんな感じでルカと楽しく会話が弾んで、気が付いたらあっという間に俺の歓迎会はお開きの時間を迎えていた。
今日の飲み会の費用は、俺以外の3人が支払ってくれた。
俺はもちろん払うって何度も言ったし、なんとなく女性におごってもらうのもカッコ悪い気がしたんだけど……
歓迎会や送別会は、主役は払わないのが慣例だと言われて、今日のところは皆さんにご馳走になることにした。3人の心遣いが本当に嬉しい。
そして店から外に出たところで、突然ほのかがこんなことを言い出した。
「ねぇねぇ。ラーメン食べたぁい」
さっきまで寝てたのに、元気なヤツだな?
うとうとと眠ったおかげで元気を取り戻したのか?
ほのかはラーメンの器と箸を持ってラーメンをすする手真似をしている。
「あ、いいですね。私も食べたいです」
「でしょー? 所長はどうする?」
「あ、私はいいわ。これ以上食べ物は入らないし…… あなた達だけで行ってきて。私は帰るから」
所長は顔が真っ赤で、ちょっと足元がふらついている。
結構酔ってるみたいだな。
「はぁーい。じゃあ、3人で行ってきまーす!」
ほのかは元気に所長に手を振った。
ほのかの中では、俺に訊くまでもなく、俺はラーメンメンバーに入っているみたいだ。
まあラーメンは大好きだからいいけど。
それよりも俺は、一人でふらふらとした足取りで、駅に向かって歩き出した所長が気になっていた……
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