第19話:俺が赴任する前に、ほのかは俺をなんと言っていたのか?
「なんか、ほのか先輩だけ平林さんとフレンドリーって……全員がフレンドリーになった方が、営業所として良くないですか? ねえ、麗華所長」
愛堂さんが急に神宮寺所長の方を向いて、そんなことを言い出したもんだから、俺は驚いた。
この人たち全員と俺がフレンドリー?
なんで?
──あ、いや。こぢんまりとした営業所だし、ほとんどが女性メンバーということを考えると……
やっぱり所員全員がフレンドリーというのは大切なのかな。
愛堂さんにそんな提案を向けられた所長は、ちょっと苦笑いしてほのかに言った。
「それにしてもほのちゃん。あなた平林君が来る前はあんなに言ってたのに、まあ仲良くなって良かったわ」
「えっ? あんなにって何ですか? なに言ってたんだ?」
俺が来る前って、何を言ってたんだろうか。疑問に思って、ほのかに目を向けた。
そうしたらほのかは大きな目をさらにくりんと見開き、ぎょっとした顔になって、いきなり盛大にキョドり始めた。
「わーわーわー、なんでもない、なんでもないってば!」
「あのですね平林さん。ほのか先輩が言ってたのは……」
「こらぁルカたんっ! 喋ったらコロす!!」
ほのかはアイドルばりの可愛い顔が台無しなくらい、ものすごく恐ろしい形相で、栗色のゆるふわヘアを振り乱してる。
喋ったら殺すって……
俺はほのかに、いったい何を言われてたんだ?
「『今度来る平林さんって、いい人で仲良くなれたらいいねぇ』って、ほのか先輩は言ってたんですよ」
「へっ……?」
なんかわからんが、ほのかはまるで時間が止まったようにピタリと固まった。きょとんとした顔をしている。
もしかしたら何か酷いことを言われてのかと不安になったけど、ほのかは俺が来る前からそんなふうに思ってくれてたんだ。やっぱコイツ、良いヤツだな。
「ありがとうな、ほのか」
俺がほのかに礼を言うと、横から所長が、なぜかちょっと意地悪そうな顔で口を挟んだ。
「そうそう。そう言ってたよねぇ、でもほのちゃん。あなた照れ屋だからそんなことはバラされたくないんでしょうけど……『喋ったらコロす』は言い過ぎじゃない? 平林君がびっくりするわよ?」
「あ、ああ……そ、そぉですね。あ、あたしとしたことが……おほほ」
ほのかはふわっふわになってる髪をせわしなくいじりながら、苦笑いを浮かべている。
ああそうなんだな。ほのかは照れ屋なのか。
正直『喋ったらコロす』にはちょっとビビったんだけど。
──と思いながらほのかを見たら、なぜか愛堂さんに向いて、怒ったような目で睨んでいる。
けれども愛堂さんはそれを横目でチラッと見ながらも、無視して冷静な感じで所長に目を向けた。
「……で、麗華所長。さっきの話ですけど」
「ん? なに、ルカちゃん。さっきの話って?」
「全員がフレンドリーに、って話ですよ」
「えっ? ああ、うん」
「私たちがあだ名で呼び合ってるように、私と所長も、平林さんとフレンドリーに呼び合うってのはどうですか?」
「わ、私も?」
「はい。平林さんを所長は『凛太君』、私は『凛太先輩』でどうでしょうか?」
「私が? 平林君を? 凛太君?」
毅然としたモデルのような感じの所長に、俺が凛太君って呼ばれる?
あ、いや…… それはないでしょ。
そんな呼び方をされたら落ち着かないじゃないか。
それに所長も、さすがに抵抗があるだろう。
事実、神宮寺所長は困ったような顔で、俺と愛堂さんの顔を交互にキョトキョトと見ているし。
「あ、いえ……私は上司だし、やっぱり『平林君』が自然よね…… でもルカちゃんは『凛太先輩』でも、いいんじゃない?」
「あ、はい」
そうだよな。それが普通だ。
愛堂さんが『全員がフレンドリーに』って提案してくれたのは、俺が早くこの営業所に馴染めるようにって配慮だ。それは大変ありがたい。
けれどもやっぱり所長の言うとおり、所長は平林君と呼ぶのが自然だろう。
愛堂さんはなぜか緊張した面持ちで、俺を真っすぐに見ている。そして背筋をピンと伸ばして尋ねてきた。
「そうですね。わかりました。じゃあ私はこれから、平林さんのことを『凛太先輩』と呼ばせていただいてよろしいでしょうか?」
愛堂さんがしてくれた配慮を考えれば、もちろんダメだなんて返事はない。それに俺も、確かにここのメンバーとはできるだけ早く、仲良くなりたいし。
「うん、もちろんいいよ、愛堂さん」
「ありがとうございます。では、失礼いたしまして……」
──ん? なに?
愛堂さんは突然目を瞑った。そしてスーハースーハーと、二、三度大きく深呼吸をしている。
ほのかほど大きくはないけど、形のいい胸が上下に揺れているのが思わず目に入って、なぜか俺がちょっと恥ずかしい。
そして愛堂さんはパッと目を開いて、口を開いた。
「よよよ、よろしくお願いします。りりり凛太先輩っ!♡」
──あ、いや……
なんと言ったらいいのか……
普段クールな話し方の愛堂さんだから、余計にそう感じるのかもしれないけど。
俺を呼ぶ『凛太先輩っ』のところが、弾けるような感じというか、今すっげぇ可愛かった。
「こ、こ、こちらこそ、よろしくね愛堂さん」
うわ、俺も思わず噛んでしまったよ。
「あの……凛太先輩の私への呼び方は、やっぱり『ルカ』が一番よろしいのではないでしょうか? いかが思われますか?」
──え?
俺が、後輩の女の子を、名前呼びする?
ほのかのことを名前呼びし始めたのだから、それもおかしくは……ないことなのかな?
あ、いや。俺の人生史上、女子を名前呼びするなんてなかった。
だから同じ営業所の女の子を二人とも名前呼びするなんて、果たしてそれが正解なのかどうか、今、俺の頭の中は激しく混乱している……
「だ……ダメでしょうか……?」
ああっ……愛堂さんがとても悲しそうな顔をしている。
柔らかそうな眉毛が八の字になってるし、綺麗な二重の目も情けない目つきになっている。
愛堂さんが俺に名前呼びをしてほしいだなんて、そんなことを望んでいるはずはない。
だけど彼女は、営業所の一体感を考えて、そして俺が早くこの営業所に馴染めるようにと、フレンドリーに呼び合う提案をしてくれてるのだ。
なのに俺がそれを拒否したりなんかしたら、愛堂さん自身が俺に拒絶されたように感じるだろう。それは悲しく思って当然だ。
「あ、いや、もちろんダメだなんて、まったくないよ! 逆に愛堂さんがホントは抵抗があるのに、俺のために無理をして、そう呼ぶように言ってるんじゃないかと心配になってね。思わず考え込んでしまったんだ」
「あ、いえ、凛太先輩。そんなことありません。凛太先輩にルカって呼んでいただけたら嬉しいです」
愛堂さんがそんなことを言うなんて……俺は耳を疑った。
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