野営

 キールアンとの戦いを終え、アルベロたちは再び出発した。

 小屋から数時間進んだところに廃村があり、本日はここで野営を行う。そして翌日、『運命』ナクシャトラが予言した三つの村の一つへ到着予定だ。

 エステリーゼは、ナクシャトラの予言が書かれた羊皮紙を見る。


「『運命』の予言によると、最初の村が襲われる確率は六割。三日後に次の村が襲われる確率は七割、さらに二日後に最後の村が襲われる確率が九割か」

「じゃあ、最初に三つ目の村に行けばいいんじゃないかい?」


 エステリーゼの隣に座るサンバルトの指摘だ。

 だが、エステリーゼは首を振る。


「最初に三つ目の村が襲われる可能性は一割です。確率的に、この順番で進むのが効率的です」


 襲われる確率は、日数も関係しているようだ。

 オズワルドは、ワインを飲みながら言う。


「まぁ、戦闘に関してはS級もいる。癪な話だが、奴らは強い……魔人討伐は任せ、エステリーゼくんは指揮に専念したまえ」

「はい。オズワルド先生」

「殿下。エステリーゼくんの守護はお任せしますよ」

「もちろんです。彼女は私が守ります」


 サンバルトは、エステリーゼの肩を抱こうとしたが、エステリーゼはやんわりと拒否。

 すると、同乗していたウルブスが言う。


「ま、なるようになる、かな……」


 ウルブスは大きな欠伸をして、背もたれに寄り掛かった。


 ◇◇◇◇◇◇


 S級馬車……いや、マルコシアスが引いているので狼車だ。

 アルベロは、荷車の屋根に立っていた。


「───うーん」


 『冥眼バロール』の力を使い、周囲を見ていたのだ。

 あまり使いすぎると激しい頭痛に襲われる。今のアルベロが全開で使えるのは、一日約三分。

 だが、力を調整すれば。


「小、開眼……」


 ドアを開けて部屋に入るのではなく、ドアを開けて入口から室内を眺めるイメージ。

 部屋に入ると力が奪われる。なら、外から室内を見れば?


「っぐ、ぐぐぐ……ッ」


 チカチカと、セピア色の世界と色付きの世界に切り替わる。

 入口、出口、入口……出入りを繰り返すような感覚だ。

 そして、噛みあった───色付きの世界にいながら、この世界の『経絡糸』や『経絡核』の光が輝いてみえるのを。視力が向上し、数キロ先まで見えた。


「───っくぁ」


 だが、すぐに解除された。

 あまりにも、調整が難しい。頭痛こそしないが、別の意味で頭が痛くなる。

 ずっと踏ん張って下半身に力を入れているような感覚だ。


「難い……まぁ、頑張れば何とか」


 そして、右腕を顕現させる。


「『召喚獣殴りバンダースナッチ』に『停止世界アリス・ワールド』……」


 アルベロが名を付けた技の一つ。

 ダモクレスやヴィーナスとの訓練で、いくつか新しい技も習得し名前を付けた。

 アルベロは、もっともっと強くならなければならない。

 そして、振り返り、A級召喚士の乗る馬車を見た。


「…………」


 そして、すぐに顔を前に戻す。

 何かを企んでいるかもしれないが、どうでもいい。

 魔人討伐。今はそれだけでいい。


「モグ……俺、頑張ってるよ」


 右腕をそっと抱き、アルベロは空を見上げた。


 ◇◇◇◇◇◇


 廃村に到着した。

 かなり昔、頻繁に魔獣が現れるという理由で、村人たちが村を放棄したのだ。

 家屋はそうとう痛み、畑などは雑草だらけで名残がない。

 川だけは綺麗に澄んでおり、調べたところ飲める水だった。

 エステリーゼは、全員を集め指示を出す。


「本日はここで野営を行う。S級三名は周辺の警戒と見張り、それ以外は野営の準備を。ラシルド、野営に関しての指示は一任する」

「はい!!」

「夜間の見張りはS級が交代で行え。ヨルハ殿下、ローテーションはお任せします」

「……そこにA級召喚士は入れていいのかしら?」

「申し訳ございませんが、S級だけでお願いいたします。我々は本国に送る報告書の作成がありますので」

「野営初日に報告書もないと思うけどね……」


 ヨルハはボソッと呟いたが、エステリーゼには届かなかった。

 指示が終わり、それぞれ動き始める。

 オズワルドはサンバルトと一緒に、一番痛みの少ない家屋にフギルと入っていく。どうやらそこを拠点とするようだ。フギルに掃除させるのだろう。

 ラシルドは怒鳴るようにS級たちに指示を出す。


「お前とお前は薪を準備しろ。その辺の古い家屋を壊せば薪は集まるだろう。お前は水を汲んでこい!!」

「「「…………」」」


 お前とお前はアーシェとラピス。水をくむのはリデルだ。

 ラシルドは、人の名前を言えないらしい。アーシェのことは小さい頃から知っているはずなのに。

 アルベロ、キッド、ヨルハの三人は、村の周囲を回ることにした。


「ねぇアルベロ。領地の件、本気で検討しておくわ。ラッシュアウト家はあなたにとって害悪でしかないわね」

「お、おう……ありがとう」

「……フン」


 ヨルハは静かにキレていた。

 とりあえず、今ここにいるヨルハはS級召喚士であって王族ではないらしい。このような警戒などやらせる必要はないし、サンバルトと同じく『今日の反省会』に混ざることだってできる。

 だが、ヨルハは気にしていない。


「まぁいいわ。さすがに、魔人討伐の任務で露骨な妨害はしてこないでしょ。わたしたちをコキ使って鬱憤晴らすくらいでしょうね」

「オレはキレるぞ」

「俺、どうでもいい。そんなことより、魔人だけど……本当に見つかると思うか?」

「『運命』の予言はほぼ的中するわ。二人とも、気を引き締めなさいね」

「フン……」

「わかった」

「おい、お前」

「ん……なんだよ」


 キッドがアルベロの右腕を軽く小突いた。


「魔人との闘いになっても、すぐに『完全侵食』を使うな。その凶悪な力、なんの制約もなしに使い続けられるとは思わねぇ……それに、テメーがさっさと倒しちまうと、オレの腕試しができねぇんだよ」

「は?……いや、制約もなにもないけど。それに、モグがそんなこと」

「可能性の話だ。いいか、多用するな。魔人が現れたらオレが相手する」

「……まぁ、いいけど。ただし、危険な相手だったらすぐに介入するからな」

「フン、好きにしろ」


 キッドは左手の指をアルベロに突きつけた。


「いい機会だ。オレも手に入れるぜ……『完全侵食』をな」

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