抗議するか、しないか

 朝食を終え、登校前のまったり時間で、新聞の内容に触れた。

 キッドはくだらなそうに新聞を投げる。


「ほんっと、一度魔人に滅ぼされないとわかんない馬鹿どもばかりだな」


 だが、キッドはあまり怒っているように見えない。

 くだらなそうに新聞を投げ捨て、水のグラスを一気に飲んだ。

 アーシェとラピスは少し悲し気だ。


「ひっどい記事……見てよここ、『S級召喚士アルベロ・ラッシュアウト、その姿まさに魔獣』だって。これ、モグの……ジャバウォックの姿だよね?」

「ひどいです……アルベロ、すっごく強くてかっこよかったのに」

「ま、別にどうでもいいよ」


 アルベロも興味なさそうにオレンジジュースを飲む。

 意外にも、男二人はあまり関心がなさそうだ。

 だが、ヨルハは違った。ボロボロになった新聞を握りしめ、何度も足を組みかえている。


「抗議……ダメ、クソ親父に……どうする……弱み……だめね、証拠……ぶつぶつ」


 一人でブツブツ何か喋っている。

 怖いので、全員がスルーしていた。

 リデルは、何度もため息を吐いている。戦った当事者として複雑らしい。


「はぁ……『容赦なき赤い悪魔』だって……アタシ、そんなに酷かった? 普通に戦っただけなのに……はぁぁぁ~」

「り、リデル。大丈夫です! 私はリデルのことカッコいいって思います!」

「ありがと、ラピス……」


 リデルはげっそりとした笑顔でラピスを見た。

 すると、水を飲み干したキッドが立ち上がり、大きく背伸びする。


「お前ら、何か勘違いしてるようだから言っておく。オレらが戦ってるのは人気取りのためじゃねぇ。魔人をぶっ殺して魔帝を血祭りにあげるためだ。評判だの人気だのクソほどどうでもいい。そんなの、酒で流して飲み込んじまえ」

「遅れたーっ! この馬鹿ニスロク! 二度寝すんなって何度も言ってるだろー!」

「ごめんちび姉ぇ~……ぐぅ」


 キッドのセリフと被るように、男子寮からレイヴィニアとニスロクが下りてきた。二人ともS級の制服を着て、ツノを隠し髪・肌・目の色を変えている。

 セリフを遮られたキッドは二人を睨む。


「む、なんだ? おい、なんでうちを睨む」

「ねむぃぃ~」

「うるさい。ったく……そろそろ登校時間だ」


 キッドはカバンを掴み、一人で行ってしまった。

 アルベロたちも後に続き、寮に残ったのはくしゃくしゃの新聞だけだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 S級校舎に入り席に着くと、ガーネットが入ってきた。

 授業の前のホームルームだ。


「今朝の朝刊、見たね?」

「ちょーかん? なんだそれ? ニスロク、知ってるか?」

「しらなぁ~い……」

「ガキは黙ってろ。おいガーネット、続けろ」

「き、キッド! おばあ様を呼び捨てで」

「おいお前、うちはガキじゃないって言ってるだろ!」

「うるせぇ。ガーネット、続けろ」

「ったく……礼儀がなってないガキだね」


 アーシェがレイヴィニアをなだめ、ラピスはガーネットがそんなに気分を害していないことに驚いた。何度も飲みに行っているので、仲がよくなったのだろうか。

 ガーネットは軽い咳ばらいをする。


「昨日の模擬戦、んで今日の朝刊……見たならわかると思うが、どうも王族が新聞社に圧力をかけて記事内容を変更……いや、書く内容は初めから決まってたみたいだね。まぁ、王子殿下がA級召喚士だからS級を擁護するわけないとは踏んでいたが、こうも露骨にくるとは」

「……申し訳ございません」

「王女殿下が謝ることではありません」


 ヨルハは申し訳なさそうに俯く。

 

「生徒会長。実力でアルベロを降せなかったから、やり方を変えたようだね。なんとしてもS級の存在を消し去りたいようだ……等級至上主義、馬鹿みたいな連中だと思っていたが」


 ガーネットはくだらなそうにつぶやく。

 アーシェが、遠慮がちに挙手した。


「あの……王族の圧力って、もしかして国王陛下もですか……?」

「それはないでしょう」


 と、ヨルハが否定。


「兄ではない誰かの入れ知恵でしょうね。あの兄にそんな卑怯な考えが思いつくとは思えません。恐らく、新聞社にあらかじめ圧力をかけて、模擬戦で敗北した場合でもA級に有利な記事を掲載するようにとお兄様にお願いしたのでしょう。まぁ……誰だか想像は付きますが」


 ヨルハはアルベロを見た。

 アルベロはため息を吐く。そんなの、エステリーゼしかいない。

 ガーネットは、面倒くさそうに言う。


「記事の件はまだいい。問題は……オズワルドだ。アルベロ、奴はお前を訴えると言っているぞ。罪状は名誉棄損罪と侮辱罪……模擬戦中、言われなき侮辱を受け、覚えのないことで攻め立てられたと言っている。そのせいで動揺し敗北したと職員室で吹聴している」

「はぁ……?」

「問題なのは、模擬戦を見ていたのはほとんど記者で、学園関係者がほとんどいなかったことだ。A級を擁護する記事が職員室に大量に置かれ、それを見た教師たちの前で対戦者のオズワルドが傷心状態で話す……さすがのシナリオだ。職員の中にはオズワルドに同情する教師も大勢いた」

「…………」

「アルベロ。嫌な予感がする……力では解決しない『何か』が来る」

「……なんだよ、それ」


 アルベロは、少しづつ苛立ち始めていた。

 落とし前は付けたはず。エステリーゼとラシルドに完全勝利し、オズワルドにも報復した。それでも、あの三人は諦めるどころか、アルベロを落とそうと躍起になっている。

 リデルは、アルベロに言った。


「アルベロ、どうするの……?」

「…………」


 アルベロは答えられない。

 代わりに、ガーネットが答えた。


「今は様子見しな。メテオールもアルジャンも動いている……どうも、学園関係者だけじゃない気がする。あたしは模擬戦を見学できたのに、メテオールたちができなかった理由も気になるしねぇ」

「おい、売られた喧嘩は買うぞ」

「今はその時じゃない。いいかいキッド、余計なことするんじゃないよ」

「……チッ」


 キッドの舌打ちが、教室内に大きく響いた。

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