模擬戦、終わって……

 控室に戻ろうと歩くアルベロの前に、フギルが立っていた。

 フギルは俯いたまま、アルベロに言う。


「これが、お前の望んだ結果……なのか?」

「……わかりません。でも、あの二人はもう俺に関わってこないと思います」


 アルベロ個人は、落とし前を付けたと思っている。

 姉エステリーゼ、兄ラシルドに完全勝利。オズワルドは殴ってスッキリした。等級至上主義は変わらないと思うが、アルベロにはもうどうでもよかった。

 それに、結果的にS級はA級に完全勝利したのだから。明日の新聞記事は間違いなく、S級のことで埋め尽くされるだろう。


「フギル兄さん。あの二人のところへ。俺は仲間のところへ行きます」

「ああ。わかった……」

「それと……俺は、フギル兄さんのことは大事な兄だと思っています」

「…………」

「では、失礼します」


 そう言って、アルベロはフギルの横を通って控室へ。


「アルベロ」

「……はい」

「今度、飯でも食おう……その、オレがおごってやる」

「……はい!」


 不器用なフギルの気遣いが、アルベロにはとても嬉しかった。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 控室へ戻ると、S級が全員揃っていた。

 そして、ラピスが興奮したように言う。


「完全勝利でした!」

「お、おお」

「アルベロ……エステリーゼさんに手加減してくれたんだね」

「ああ。手加減ってか、『完全侵食エヴォリューション』形態ならどんな攻撃もダメージを受け付けない。まぁ、あの状態だと自分の身体以外硬化できないんだけどな」


 すると、ドアがノックされガーネットが入ってきた。

 入るなり煙草をふかし、アルベロたちに言う。


「王女殿下が記者の対応で忙しいんでね。あたしが報告しに来たよ」

「ババァ、いたのかよ」

「フン、最初から見てたさ。さて、エステリーゼは大した怪我もなかった。ラシルドも数か所の骨折だけ、サンバルト殿下は打撲のみ、オズワルドは重症だったが、リッパーが治療したよ。完膚なきまで叩きのめされたし、しばらくは大人しくしているだろうね」

「はぁ……もう、関わらないでほしいわ」


 アルベロはため息を吐いた。

 ガーネットは口から煙を吐きだす。


「書類上では、あんたはラッシュアウト家のままさ。独立でもしないかぎり、あんたの功績はラッシュアウト家の功績になるだろうさ。だが、アースガルズ召喚学園最強の生徒会役員がS級に敗北した事実は学園中に伝わる……ふふ、しばらくは堂々と学園内を歩きな。きっと面白いことになる」

「ババァ、趣味悪いな」

「やかましい。さーて、今日はここまで。解散だよ」


 ガーネットは灰を携帯灰皿に捨てる。

 キッドは大きな欠伸をして立ち上がる。


「じゃ、城下町で飲んでから帰る。晩飯は適当に済ませとけ」

「なんだい。じゃああたしも付き合おうかね」

「……チッ、好きにしろよ」

「ふふ。リデル、あんたも来な。大人の飲み方を教えてやるよ」

「え、あ、アタシもですか?……わわっ」


 ガーネットに連れられ、キッドとリデルは消えた。

 残されたのは、アルベロとラピスとアーシェ。


「……飯でも食って帰るか」

「うん。あたし、お腹減った」

「私もです。今日はお肉にしましょう!」

「だな。じゃあ行くか」


 アルベロたちは、演習場を後にした。


 ◇◇◇◇◇◇


 演習場を出ると、エステリーゼ、ラシルド、フギルがいた。

 その背後には、生徒会役員が全員揃っている。

 アーシェが硬直し、ラピスも身体を固くした。

 そして、エステリーゼは言う。


「今回の件で、A級召喚士の評価は落ち、S級の評価は上がるだろう……でも、勘違いしないことね。S級を認めない者はまだいるわ。たとえば、王族……」

「…………だから?」

「お前の強さは認める。今の私では勝てないでしょうね」

「で?」

「一度きりの勝利、せいぜい余韻に浸っていなさい」

「はいはい。負け犬の遠吠えね……はは、情けないって思わねぇのか? あんなにボコボコにされてさぁ? 慈悲を与えてやったのに、こうも勘違いするとはねぇ」


 エステリーゼは歩きだす。

 生徒会役員たちも歩きだし、後に続く。

 その姿が見えなくなるまで、アルベロたちは見送った。

 そして、ラピスは言う。


「もう、和解は不可能でしょうね。あそこまで頑なにアルベロを認めないなんて、心の病気でしょうか?」

「…………そ、そうかもな」


 ラピスは、久しぶりの毒舌でアルベロを困惑させた。


 ◇◇◇◇◇◇


 久しぶりに、三人で食事をすることにした。

 場所は、高級購買にあるレストラン。アーシェとラピスに連れられて入ったレストランは、はっきり言ってアルベロの趣味に合わなかった。


「……なんか、可愛らしいな」

「「でしょう?」」

「いや、でしょうって……俺、居心地悪いんだけど」


 一言で表現するなら、ファンシーだった。

 可愛らしい装飾品、ぬいぐるみなどが小さな椅子に座らせて飾られていたり、店内の床や壁は花柄で埋め尽くされている。他にもいろいろ飾られていたが、アルベロは見るのをやめた。


「負け犬みたいなセリフを吐いて逃げた生徒会さんたちのことは忘れて、今日はぱーっとやりましょう! えへへ、アルベロたちが勝って嬉しいです!」

「お、おお……」

「ラピス、言い方……まぁいっか」


 アーシェは諦めた。

 窓際の席に移動し、メニューを開く。

 それから数分悩み、それぞれのメニューが決まった。


「俺、日替わりディナーとオレンジジュース」

「あたし、スープスパゲッティとサラダ、デザートはチョコパフェで、飲み物はアプリコットで」

「私はステーキ! デザートはジャンボプリン! 飲み物はホットココアでお願いします!」


 どうも男女で偏りが激しかった。

 いろいろツッコミしたかったがアルベロは諦める。

 それから、食事が運ばれ談笑しながら食べつつ完食。食後のお茶を飲んでいると、アーシェが言った。


「それにしても、明日の朝刊にはどんな記事が載るのかな」

「さーな。ま、俺たちが完全勝利したって記事だろ」

「そうね……でも、エステリーゼさん、あたしのこと、もう全然見てなかったよね……小さいころから優しかったのに」

「そういう奴なんだよ。あいつは、お前のグリフォンが使える召喚獣だから、お前を手懐けようとしてただけだ」

「……そっかぁ」


 アーシェは悲し気にアプリコットを飲む。

 ラピスはココアを飲みながら言う。


「生徒会さんたち、どうするんでしょうか? あの人たち、全員が等級至上主義者です。S級廃止を謳う貴族はまだかなりいますし、何かしてくるかも」

「ま、そんなことどうでもいい。それより、俺たちが目指すのは魔人討伐だ。『色欲』はキッドがやるから、残りは『強欲』……今の俺ならいける」

「あたしも、『融合アドベント』が使えたらなぁ」

「私もです……」

「あれ、召喚士と召喚獣の最終奥義なんだろ? そう簡単には無理だって」


 それからは、他愛ない談笑が続いた。

 いい時間になったので店を出て寮へ。それから風呂に入り自室へ戻る。キッドとリデルが帰ってきたような気配がしたが、アルベロは特に気にしなかった。

 そして、翌日。

 アースガルズ王国で発光している新聞社の朝刊が、S級寮へ届いた。

 一番最初に起きたアルベロは、新聞を読んで目を細める。


「…………」


 そこには、S級とA級の模擬戦について書かれていた。

 だが……S級勝利には少しだけ触れ、A級召喚士たちがどう戦ったか、S級がいかに卑劣な手でA級召喚士たちを追い詰めたか、そんなことばかり書かれていた。

 アルベロは、なんとなく読めた。


 新聞社は、買収されて嘘の記事を書いたようだ、と。

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