リデルとピンク

 とある小さな村に、リデルという少女がいた。

 決して裕福とはいえない家庭だった。父と母は朝から晩まで畑を耕し、幼い弟や妹の面倒は十五歳のリデルが見ることになっていた。

 父も母も、『愛玩型』の召喚獣だった。なので、大した職にもつけず、この村に落ち着いたという経緯がある。召喚獣の優劣で全てが決まるこの世界では珍しいことではない。


 だが、リデルは辛いとは思わなかった。

 生活は苦しい。でも、家族はいつも笑顔だった。

 小さな村の住人たちは、リデル一家と似たような境遇の者ばかり。互いに協力して生きていく。それだけで幸せだった。


 リデルは、幼い弟妹の面倒を見ながら、刺繍をするのが趣味だった。

 幸い、布に関しては困らない。

 リデルの召喚獣は、肩に乗るくらい小さな『蜘蛛』で、ピンクという名前だった。

 その名の通り、身体がピンク色の小さな蜘蛛。能力は『色付きの糸を吐く』という、実生活では何も役に立たない能力なのだが……リデルは、この能力が何よりも素晴らしいと感じていた。


 今日も、父と母は畑仕事。

 幼い弟たちはお昼寝中。リデルは肩にピンクを召喚し、指でなでる。


「ピンク。今日もお願いね」

『───』


 ピンクは喋れない。だが、前足を可愛らしくフリフリした。

 ピンクは糸を吐き、その糸を針に通し……リデルは椅子に座り、刺繍を始める。


「~~~♪」


 鼻歌を口ずさみ、頭の中で思い浮かべる。

 赤、青、黄色の花が咲き誇る花畑。

 頭の中の光景を、指先に伝え縫う。

 母のエプロンに、花畑の刺繍をする。破れを直したついでに、彩を加えてみる。


「お母さん、喜んでくれるかな?」

『───』

「あはは。そうだね、アタシもそう思うよ」


 ピンクがウンウン唸ったように見え、リデルは笑う。

 仕事が終わり家に戻ってきた母が喜び、父も笑い、弟や妹が自分の服にもとおねだりし───リデルの平和で楽しい一日は終わった。

 幸せだった。

 お金はない。裕福とはいえない。

 でも……お金で買えない幸せが、確かにここにはあったのだ。


 でも、そんな幸せは───あっさりと砕け散った。


 ◇◇◇◇◇◇


 それは、地鳴りと共に始まった。

 早朝。朝食を終え、父と母が畑に出かけようと準備をしていた時のこと。

 突如、地震が起きたのだ。


「きゃぁっ!? なな、なになに? お父さん!!」

「リデル!! 母さん、子供たちを連れてこっちへ!!」


 地震。

 揺れが激しい。

 だが、リデルの父は妙なことに気が付く。


「……おかしい。この揺れ方……地震ではないぞ」

「え……お、お父さん?」


 父は、窓を開けて外を見た。

 窓の向こうから、土煙が巻き起こっていたのである。

 

「これは……まずいぞ!! スタンピードだ!! 魔獣の大群が攻めてくる!!」


 それは、ミノタウロスの大量発生だった。

 あり得ない規模だった。

 千、二千の大群が、横一列に並んで猛然と走ってきたのである。

 なんの前触れもなく、いきなり。

 この村には兵士などいない。他の住人も家に避難し、家の隅で震えることしかできなかった。

 それは、リデルの家族もだった。


「お父さん、お父さん!!」

「リデル、動くな!! 母さん、子供たちを」


 と、リデルの記憶はここまでだった。

 家屋が破壊され、突進してきたミノタウロスに父が跳ね飛ばされ、そのまま雪崩のようにミノタウロスが入り込んできた。

 家は砕け散り、母は踏みつぶされ、弟や妹はミノタウロスに丸呑みされた。

 リデルも、両足に激痛が走ると同時に気を失った。


 ミノタウロスは、村を蹂躙した。

 駆け抜けただけ。だが……村はほとんど更地になっていた。

 田畑も潰された。住人たちの肉片が散らばっていた。死臭もした。

 そんな中───リデルの家があった場所の地面から、リデルの手が伸びた。


「───……ぅ」


 土の中から、リデルは這い出た。

 たまたま、本当にたまたま。家の調理場の床下にある野菜貯蔵庫にすっぽり収まったのだ。リデルは這い出ようとして気付いた───両足が、なくなっていた。


「ひ、ぃぃぃぃ……ッ、ああ」


 痛みはない。

 だが、四肢の消失がショックとなった。

 そして……気付いてしまった。家族がいない。村がない。何もない。

 何が起きたのか。足がない。家族も畑もない。

 リデルの精神は、一気に追い詰められ……出血のショックでそのまま倒れてしまった。


「───……」


 濁る眼。

 涙が流れた。

 自分は、死ぬ。

 そう思った瞬間───リデルの目の前に、小さな桃色の蜘蛛が。


『死なないで……リデル、死んじゃダメ!』

「ピンク……アタシ、もう」

『ダメ! リデル、わたし知ってるんだよ? リデル、デザイナーになりたいって言ってたじゃない! 刺繍のお勉強して、いつか町に出て、デザイナーになるって!」

「無理だよ……もう、なにもかもなくなっちゃった。死にたくない……でも」

『諦めないで! わたし、リデルに死んでほしくないの!』

「……ごめん」

『リデル、聞いて……わたし、わたし……リデルがいつか夢を叶えるって信じてる。わたしを恨んでもいい……わたしの勝手なこと、許さないでね?』

「ピンク……?」

『わたしの、ほんとの力をあげる……バイバイ、リデル。わたし……あなたが大好き』

「…………」


 リデルの意識は消失した。

 同時に、なくなった両足が生えてきた。

 真っ赤な『脚鎧』が、リデルの両足となって生まれ変わった。

 そして、これを見ていた者もいた。


「こりゃあ驚いた……」


 スタンピードから隠れていた奴隷商人が、たまたまリデルを見つけたのだ。

 奴隷商人はリデルを奴隷とし、レアモノとして売ることにした。

 目を覚ましたリデルの心は、すでに黒く染まっていた。


 これが、リデルの……寄生型召喚獣『レッドクイーン』誕生の瞬間だった。

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