兄との闘い

 ラッシュアウト家の長男ラシルド。

 貴族社会のルールでは、長男が実家を継ぐのが普通だ。だが、ラシルドは姉エステリーゼに全てを譲り、自分は姉の補佐として生きることをすでに決めていた。


 姉エステリーゼは、天才だ。

 それがラシルドの姉に対する噓偽りない気持ちだ。どれだけ努力しても届かない高みに姉はいる。

 ならば自分の役目は、姉を補佐しラッシュアウト家を盛り立てていくこと。そのために、フギルとアルベロを鍛えること……と思ったが、フギルはともかくアルベロはクズだった。なんの才能もなかった。


 ラシルドは、さっさとアルベロを見限った。

 ラッシュアウト家に必要ないとし、目を合わせることも話しかけることもなくなった。そうする理由がないし、時間の無駄だからだ。

 

 だが、アルベロが学園に入学して変わった。

 たった一人で魔人を滅し、学園長メテオールの後ろ盾に加え、二十一人の英雄が二人も専属で付き指導しているという話だ。

 いずれアルベロは、魔帝軍との闘いで重要な戦力になるだろう。

 もし、アルベロが魔帝を滅したら……ラッシュアウト家など目ではない、高い地位や褒美が貰えるだろう。

 

 それは、ラッシュアウト家を盛り立てていくのに邪魔だ。

 ならばやるべきことは一つ……成長しきっていない今、倒すしかない。

 ラシルドは、B級演習場に呼び出したアルベロを睨む。


「貴様に話がある」

「…………」

「S級というくだらない等級を廃止しろ。そして、秩序を乱した罰として学園を去れ」

「…………」

「それができないというのなら……痛い目に合ってもらおうか。なぁに、理由なんぞどうとでもなる。聞き分けのない弟を、兄が折檻したとでも」

「…………っぷ、くくくっ……あはははははっ!!」


 アルベロは笑い出した。

 同時に、キッドも笑いだした。

 ラピスだけは笑わず、二人を止めようとした。


「あんたバッカじゃねぇの? つーかさ、なんだよその要求。どれだけこいつを下に見てるんだ? ってかさ、Sは級このアースガルズ王国が認めた等級だぞ? そんな『廃止しまーす』ってこいつが言うだけで廃止できると思ってんのかよ?」


 キッドは盛大に馬鹿にした。

 アルベロも同じ事を考えていたが、さらに付け加えた。


「あのさ……はっきり言ってくださいよ。俺が気に食わないから出ていけって」

「…………」


 ラシルドの額に青筋が浮かぶ。

 アルベロは止まらない。


「不思議だ……あんなに強そうに見えた兄や姉が、今はとってもちっぽけに見える。一応言っておきます。俺、S級になった時点でラッシュアウト家から除名してもらってます。両親が俺の名に食いついて来る前に、S級認定が辺境のラッシュアウト領土に届く前に……案の定、すぐに受理されましたよ。俺はただのS級召喚士、アルベロです」

「な、なんだと……!?」

「なにぃ!?」


 これには、フギルも驚いていた。

 アルベロは、フギルに頭を下げる。


「フギル兄さん。たとえ家族のつながりが切れても、俺はあなたを兄だと思っています。それと……勝手なことをして申し訳ありませんでした」

「あ……」


 フギルは、アルベロから目を反らした。

 ちなみに……この除名の案は、メテオールがよこしたS級召喚士についての用紙に小さく書いてあった。

 

「で、どうしますか? 俺を叩きのめしたところで、ラッシュアウト家はもう関係ありませんよ。だって俺、もう平民ですから」

「き、貴様……!!」

「じゃあこうします?……召喚獣同士の模擬戦、とか? それとも……決闘とか」

「上等だ!!」


 ラシルドが叫ぶと同時に、ラシルドの頭上から巨大な『斧』が召喚された。

 同時に、ラシルドは制服の上着を脱ぎ棄てる。制服の下は召喚学園が支給した戦闘用スーツ。とある召喚獣の素材から作られた特殊なスーツだ。

 

「唸れ、『ライボルトアックス』!!」


 斧から紫電が放たれる。

 ラシルドの召喚獣『ライボルトアックス』は《装備型》の召喚獣。

 能力は『紫電』で、雷を自由自在に操ることができる。

 ラシルドは斧を枝のように振り回し、アルベロに突きつけた。


「『アースガルズ・エイトラウンズ』が一人ラシルド。風紀委員長の権限を行使!! 学園の秩序を乱す生徒に対し粛清を行う!!」

「ふん、粛清ね……」


 アルベロは一歩前へ。

 そして、キッドとラピスも構えたが制する。


「これは俺の戦いだ。キッド、ラピス、周りの雑魚でも相手してくれ」

「はっ……まぁ、譲ってやる」

「ま、周りの雑魚とは?」

「よーく見ろよオジョーサマ。観客席にB級の奴らがしこたま隠れてやがる。たぶん、風紀委員とかいう連中だ。一対一に見せかけて不意打ちしてくるかもしれねぇ……潰すぞ」

「……わかりました。アルベロ、お気を付けて」

「おう。それとキッド、やりすぎんなよ」

「わーってるよ」


 キッドの左腕は肩から翡翠の鉱石の集合体のような形に変わる。

 人差し指が銃口になり、楽し気に笑った。

 ラピスも、召喚獣マルコシアスを呼びだし、周囲を警戒する。

 アルベロは、右手の指をぱきっと鳴らした。


「やるぞモグ───……いや、『ジャバウォック』」


 右腕が肩から変わる。

 右半身が龍鱗のようになり、腕が籠手のように大きくなり、指先が鋭い爪になる。

 白目が赤く、眼球が黄金に変わり、アルベロは構えた。


「さぁ───握り潰すぞ!!」


 アルベロと、ラッシュアウト家長男ラシルドとの戦いが始まった。

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