冥眼バロール
アルベロがダモクレスの『授業』を受けて三日が経過した。
ボロボロにされて壁にめり込んだアルベロは、壁から這い出ながら言う。
「ありがとう、ござい……ました」
「うむ!! がっはっは!! たった三日だが動きはよくなっている!! ワシの教え通りやれば最強への道はすぐだぞぉ!!」
「…………はは」
ダモクレスは、想像以上にスパルタだった。
まず、召喚獣タイタンとの実戦が八割、残り二割は体術の指導だ。
しかも、体術の指導はタイタンが身をもって教えてくれる……つまり、ほぼタイタンとの実戦だ。
最強の召喚獣の一体であるタイタンとの実戦。これに慣れたくはないと思うアルベロだった。
アルベロは、木くずだらけの制服を素手で払う。
「やってるね」
「おおガーネット!! 聞いてくれ。アルベロはなかなか筋がいいぞお!!」
「声がデカい。それと、校舎を壊すんじゃないよ。あんたがアルベロを校舎に叩き付けるから、いつまでたっても校舎の修復が始まりやしない」
「すまんすまん!!」
ダモクレスのデカい声は、大工たちにもよく聞こえた。苦笑するしかない大工たちに、アルベロは少しだけ申し訳ない気持ちになる。
ガーネットの近くにいたラピスが、アルベロの元へ。
「あの、大丈夫ですか?」
「うん。召喚獣を発動させてる間は頑丈になるみたいだ。前に大岩に叩き付けられたけど、怪我は特にしなかった」
「そ、そうですか……」
ラピスはハンカチを取り出しアルベロの顔を拭おうとしたが、アルベロはそっと拒否……さすがに、同級生にやってもらうのは恥ずかしい。
なので、話題を変えることにした。
「ところで、ガーネット先生、何か用事でも?」
「あんたに用はないよ。今日からラピスも召喚獣を使った実戦訓練を始めるからね。さぁラピス」
「はい、おばあ様」
ラピスがそっと手を地面にかざすと、白い冷気が巻き起こった。
そして、ラピスの傍に一体の獣……あまりにも巨大な『青狼』が現れた。
青、というには水色……白寄りの水色だ。
美しい毛並みをラピスはそっと撫でつけ、狼の鼻先をそっと撫でた。
「『マルコシアス』……ごめんね、呼んでやれなくて」
ラピスは申し訳なさそうにしていたが、マルコシアスと呼ばれた狼は目を細め、ラピスにすり寄る。
「ほぉ……なんとも立派で美しい!!」
「マルコシアス。『氷』を司る上位召喚獣さね。だが……力が強すぎるのと、ラピスの病気もあってあまり呼び出せないのが難点か。等級は高いがあまり使える召喚獣じゃないのさ……」
「へぇ……あの、ラピスの病気と言うのは?」
アルベロはガーネットに質問した。
ガーネットは、アルベロをジロリと見て息を吐く。
「……肉体的には健康そのものだけど、あの子は生まれつき召喚獣の発する『生気』を吸収しちまう特異体質なんだ。それが肉体を蝕んでいる。召喚獣を呼ばなきゃ生活に影響はないが……そうはいかないだろう?」
「……公爵家、ですか?」
「そうだ。あの子のマルコシアスはA級……いや、将来的には特A級になってもおかしくない。だが、あの子は特異体質のせいで満足に召喚獣を呼ぶこともできず、周囲の期待だけを背負って生きてきた。このまま無理をすればどうなるか……」
「治療法は……?」
「…………身体に溜まった『生気』を輩出するくらいだ」
「…………」
つまり、現状で完治は難しい。
すると、アルベロの右腕が急に疼き始めた。
「っぐ……!? な、なんだ?……モグ?」
「ん、どうした?」
「い、いえ。右腕が……なんだ? なにを……?」
右腕が、勝手に動き始めた。
右手が変化し、アルベロの姿も変化し、右目が変色した瞬間、世界が変わった。
「ぐぁっ!?……な、なんだ、これ……?」
右目だけ、映像が変わった。
世界がセピア色になり、人だけが変わらない色で映っている。
「なんだい? おい、なにをしている?」
「おお? なんだ、訓練したりないのか!?」
ガーネット、ダモクレスの心臓に光が灯っている。そして、体内が透き通って見え、細い糸みたいなものが全身を駆け巡っていた。
いきなりのことに、アルベロは頭がおかしくなりそうだった。
「あの?……アルベロ、どうしたんですか?」
「え、あ───」
「苦しそうです。どこか怪我でも?」
「…………」
ラピスも同様だった……が、ガーネットやダモクレスと違った。
全身に糸が駆け巡っているのは同じだが、二人と比べると数が倍以上違う。さらに、糸が身体の外に飛び出して、モノクロの世界から黒いモヤみたいなのを吸収している。
そして、心臓付近にある光にモヤが集中……光が明滅していた。
「…………まさか」
『貴様……見えているのか』
「え……」
ラピスの背後にいた召喚獣『マルコシアス』が、喋った。
本当に、アルベロは狂ってしまったのか。
『その目、その右腕……まさか……まぁいい。おい貴様、その右腕でラピスの体外にある『経絡糸』を切れ。貴様の右腕ならできるはずだ』
「は?……いや、なに」
『いいからやれ!! 貴様、その目を多用しすぎると心が砕けるぞ。『冥眼バロール』は
「え、えっと……わかった」
アルベロは、ラピスに手を伸ばした。
「え? あの……アルベロ?」
「動かないで……よし」
アルベロは、マルコシアスの言う『経絡糸』を掴み、千切った。
ガーネットたちからすれば、ラピスの周囲に手を伸ばし、右腕で何かやっているようにしか見えない。だが、アルベロが見ている世界では違った。
「できた。これでいいのか?」
『うむ。よくやった……これでこの子は大丈夫だ。我も安心したぞ』
「あの、この眼って……ってか、この腕ってなんだ? モグは……ジャバウォックって」
『安心しろ。
「え?───っづぅ!?」
ビキリと頭痛がした瞬間、眼も右腕も元に戻った。
そして───アルベロは倒れてしまった。
「あ、アルベロ!? 大丈夫ですか!?」
「ちっ……ダモクレス、運んでやりな」
「むぅ? 訓練が厳しすぎたかのぉ……」
そんな声が聞こえ───アルベロは意識を手放した。
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