一人目

 目が覚めると、ベッドの上だった。

 アルベロは、自室のベッドの上で身体を起こす……外はすっかり暗く、星が瞬いていた。

 右手でそっと右目を押さえる。痛みはなく、普通に見えた。


「……何だったんだ?」

「そりゃこっちのセリフさね」

「うおっ」


 ぽつりと漏れた独り言だった。

 すると、部屋の隅から声が……ガーネットだ。

 なにやら厳しい顔で、アルベロを睨むように見ている。


「あんた、あの子に何をした?」

「え?」

「ラピスだ。あんたが倒れた後に気付いた……召喚獣を二時間以上顕現させても問題ない。それどころか、体調の変化もなくなった……以前は、十分も召喚獣を出していれば発作が起きたり、気を失うくらい疲弊するのに、まるで健康だよ」

「そっか……じゃあ、やっぱりあれが」


 すると、ガーネットの杖がアルベロの喉元に突きつけられる。


「ひっ……あ、あの」

「全て話しな。あんた、あの時に何をした?」

「え、えっと……」


 アルベロは、全て話した。

 右腕が意志を持ったように動いたこと、右目がセピア色の世界を捉えたこと、ラピスやガーネットたちの身体から糸みたいな『経絡糸』が伸びているのが見え、喋るマルコシアスの言う通りにラピスの体外に出ていた『経絡糸』を切ったことを話す。

 話を聞いたガーネットは、ただ驚愕していた。


「……馬鹿な」

「ほ、本当です!! というか、俺もさっぱりで……」

「…………」


 ここで、ガーネットはようやく杖を下ろす。


「……『経絡糸』は、召喚士の体内にある『生気』の通り道さ。お前の話を聞くと、ラピスは生まれつき何本か『経絡糸』が外に伸びていて、それが外の『生気』を吸い取っていたことで過剰に『生気』を吸っていたことになる。お前は、その伸びた糸を右手で千切り、ラピスの体内に取り込まれる『生気』の道を遮断したってところか」

「……そ、そうですね」

「わからないならいい。でもね……普通はそんなことできない。そもそも、生気は目に見えないし、経絡糸も普通は見えない。それに、召喚獣の声だと……?」

「ま、間違いなく聞こえました」

「……なるほどねぇ」


 ガーネットは、ベッドサイドの椅子に座り、杖を置く。


「お前が見たのは恐らく、召喚獣の世界だ」

「……はい?」

「まだ仮説だがね。あたしは正解だと思う」

「あの、意味が……」

「召喚獣はどこに住んでいると思う?」

「……えっと、人間の魂、ですよね?」


 ガーネットは、アルベロの疑問を無視して話を続ける。

 アルベロも、とりあえずガーネットに合わせた。


「それが一般説だ。だが、それ以外の説に『召喚獣は召喚獣だけの世界に住み、人の魂を《窓口》にしてこの現実に現れる』って説もあるんだ。おそらく、お前の右目が見たのは召喚獣の世界さ」

「えー……」

「ま、お前と議論するつもりはないしあくまで推測。だけど、その右目は多用しちゃいけない。失明で済めば御の字。最悪廃人になるかもね……見えない物を見るなんて、人の理から外れちまってる。代償は必ず支払う羽目になるよ」

「……わ、わかりました」


 アルベロも、そこまでして見たいとは思っていない。

 少し青ざめつつ、何度も頷いた。

 でも……疑問が残る。


「…………でも、なんでモグは俺にその世界を見せたんだ?」

「これも推測だけどね……お前の召喚獣はきっと、お前に仲間を作ってほしかったんじゃないかねぇ」

「……仲間」

「クラスメイトを失い、独りぼっちで寮に住んで飯食って、ボロボロになりながら勉強するお前を見て、『心』を痛めたのかもねぇ」

「…………」


 アルベロは、そっと右腕に触れた。

 モグ。真名ジャバウォック……モグが消える直前に言った。『心はいつもアルベロと共に』と。姿形が変わっても、モグはアルベロの中に生きている。

 モグが生きてたらきっと、アルベロに仲間を作れというだろう。


「…………」

「さ、今日はゆっくり休みな。ラピスがあんたに礼を言いたいそうだからねぇ」

「…………」

「じゃ、おやすみ……あまり夜更かししなさんな」


 ガーネットは、ゆるりと部屋を出た。

 アルベロは、右腕を見つめたまま、しばらく考えこんでいた。


 ◇◇◇◇◇◇


 アルベロが目を覚ますと、すでに昼が近かった。

 着替え、パンをミルクで流し込んで校舎に行くと、教室にはガーネットとダモクレス、そしてラピスがいた。


「おはようございます。遅れました!」

「ん、座んな」

「アルベロよ!! 身体は大事ないか? 午後から授業はできるか!?」

「大丈夫です。むしろ、休んで調子よくなったんで、うずうずしてますよ」

「おお!! ふっふっふ。午後からラピス嬢も授業に加わるぞぉ!!」


 ラピスの視線を感じて見ると、何か言いたげにしていた。

 そして、ガーネットが咳払いをする。


「あー……ダモクレス、ちょっと来な。ごごの授業の件で話がある」

「むー? なんだなんだ?」

「いいから来な」


 気を利かせたのか、ガーネットはダモクレスを引っ張って教室の外へ。

 二人きりになり、しばし沈黙した。

 そして、意を決したラピスが立ち上がり、頭を下げる。


「あの!! ありがとうございました!!」

「え、ああ、うん」

「おばあ様から聞きました。アルベロが、私の病気を治してくれたって……」

「まぁな。というか、結果的に治療したというか。それに、俺も目的があったから良かった」

「目的、ですか?」


 ラピスは、コテンと首を傾げる。

 まるで小動物みたいな動きに、アルベロは微笑ましく思う。

 アルベロは、ラピスに言う。


「あのさ、S級クラスに入らないか?……その、クラスメイトになってくれ」

「え……」

「正式に勧誘する。まだ何かをしろとか命令はされてないけど、たぶんけっこう忙しくなる。それでもよければ、その……仲間に」

「……私で、いんんですか?」

「ああ。ラピスの召喚獣、強そうだし。ま、俺もまだまだ強くなるけどな」

「くす……わかりました」

 

 ラピスはスカートを持ち上げ、アルベロに言う。

 アルベロもまた、姿勢を正す。


「フラグメント公爵家長女、ラピスラズリ・キララ・フラグメント。S級召喚士アルベロ・ラッシュアウト様の勧誘、お受けいたします」

「ラッシュアウト男爵家四男、アルベロ・ラッシュアウト。貴女の申し出に感謝します」


 互いに一礼し、顔を見合わせ、くすりと笑った。

 そして、がっしり握手をする。


「決まったね。メテオールにはあたしから伝えておくよ。最初のS級召喚士がラピスに決まったってね」

「うんうん!! 青春じゃぁぁぁ!!」


 ガーネットとダモクレスがいつの間にか教室に入ってきた。

 

「さ、授業を始めるよ。S級も二人になったし、これからは一緒に授業を受けてもらうからね。もちろん、ダモクレスの授業もだよ」

「がーっはっは!! 厳しく指導するぞお!!」


 S級召喚士、現在二名。

 アルベロ・ラッシュアウトの、最初の仲間が加入した。

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