第二章

専属教師

 たくさん泣き、たくさん食べ、たくさん寝た。

 アルベロは、新しい制服に着替え、朝食を作り食べた。パンも柔らかくスープも野菜たっぷりで、新鮮な牛乳もいっぱい飲んだので調子がいい。

 準備も片付けも一人分だ。F級寮は古いが広い。先日までにぎやかだった光景を思い浮かべてしまう。

 だが、もう新しい生活は始まったのだ。


「よし。行くか」


 食器を片付け、教科書を詰めたカバンを背負い、寮を出る。

 すると───寮の前に、アーシェが待っていた。


「あ、アルベロ……」

「…………」


 アルベロは、無言でアーシェの傍を通り過ぎる。


「ま、待って……え? え、Sって……S級? なにこれ……?」


 アルベロの背中を見たアーシェが驚く。

 だが、アルベロは止まらない。アーシェはアルベロの袖をつかんだ。

 そして、精一杯の声で懺悔する。


「ごめんなさい!!……あたし」

「もういいよ」

「え……?」

「アーシェ……もういい。お前の知ってる俺は、あの時お前が目を反らした・・・・・・時に死んだ。もう幼馴染としてやっていけないよ……」

「そ、そんな……」


 アルベロは、アーシェの指を振りほどく。

 どうしようもなかったことはよくわかる。あの時、アーシェがアルベロを助けようと飛んできても、きっとアベルに殺されていた。

 アーシェが死なないために、アルベロを見捨てた。誰だって自分の命が惜しいはずだ。

 だから、アルベロはアーシェに怒りを感じていない。

 でも……何事もなかったかのように幼馴染を受け入れるのは、アルベロにとって苦痛だった。

 

「アーシェ。もう俺に構うな……俺はもう、以前の俺じゃない。お前はお前の居場所で頑張れ……お前を待ってくれる人がいるはずだ」

「な、なによそれ……あたしは」

あの腰抜け・・・・・とか、グリッツがお前を大事にしてくれる。だから……もう、俺とお前の関係はおしまい。さよならアーシェ……今までありがとう」

「な、なにそれ……グリッツ? あの腰抜け?……待って、あたしは、あたしは……あんたを助けたかったの!! でも、あの時動けなくて……」

「…………」


 アルベロは、最後まで聞かず歩きだした。

 すると、背後ですすり泣くような声が聞こえた。


「待ってよぉ……あたし……あたし…‥」

「…………」


 昔からそうだ。

 アーシェが泣くと、アルベロは必ず慰めていた。

 でも、今回は慰めなかった。

 一言だけ、アルベロは言う。


「もう、泣くな……自分でなんとかしろよ」


 それだけ言って、再び歩きだした。

 アーシェは涙をぬぐい、叫ぶ。


「あたし、諦めないからね!! あたし……こんな終わり方、イヤ!!」


 アルベロは、聞こえなかったふりをして歩き続けた。


 ◇◇◇◇◇◇


「……はぁ」


 半壊した校舎の工事が始まっていたが、アルベロは教室の自分の席に座っていた。

 先ほどのアーシェは、諦めないだろう。

 

「…………モグ、どうすればいい?」


 右手を見るが、返事はない。

 自身の召喚獣は、意思疎通が可能だ。だが、アルベロの右手となったモグに話しかけても返事はない……モグはお別れと言っていたが、アルベロには受け入れられなかった。

 すると、教室のドアが開く。


「辛気臭いガキが一人、ね」

「…………?」

「顔は合格。あと五年もすれば食べ応えのある色男。身体は不合格……肉付きが薄い。召喚獣は……ふふ、合格も合格。歴代四人目の『寄生型』ね」

「……誰だよ、あんた」

「おや、あたしを知らないとはねぇ」


 漆黒のローブ、腰まで伸びた黒髪、真っ黒なとんがり帽子をかぶった女だった。

 手にはねじくれた木の杖を持ち、まるで魔女だ。

 年齢は二十代前半ほどで、薄気味悪いほど青白い顔をした女性が、アルベロを見て顔をゆがませた。


「あたしはガーネット……まだわからないかい?」

「ガーネット……まさか、二十一人の一人、『女教皇ハイプリエステス』ガーネット!?」

「正解。ふふ、メテオールに頼まれてお前の指導をすることになった。よろしく頼むよ」

「…………」


 メテオールは、専属教師が付くと言っていた。

 だが、それが最強の召喚士の一人だとは思っていないアルベロだった。


「にしても、なんだいこの教室は……外が丸見え、工事のおっさんたちも丸見え……ほぉ、あのおっさんたち、なかなかいい身体してるじゃないか」

「…………あの」

「心配すんな。あたしはグルメだからね、食べるのは気に入った男だけさ。あんたは気に入ったけどまだ薄味。あたし好みに味付けしてから食べてやる」

「……えっと」

「さ、授業を始めるよ。あたしの授業を受けれるなんて、あんたは幸せ者さ」

「…………」


 ガーネットは、アルベロが何かを言う前に言葉を被せてくる。

 アルベロはため息を吐き、諦めた。


「さ、教科書を捨てな」

「はい……………はい!?」


 教科書を捨てな。捨てな……捨てな?

 アルベロは、自分の耳を疑った。


「捨てなって言ったんだ。こんなの必要ない。あたしの書いた教科書をくれてやる」

「うわっ!?」


 ガーネットは、分厚い本をアルベロに投げた。

 それをなんとか掴む。


「最初の授業は、あんたの召喚獣……『寄生型』についてだ。教科書四ページを開いて」


 こうして、ガーネットの授業が始まった。

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