前世の記憶が当たり前にある世界。
だから、前世の記憶によって優劣が決まるのは当たり前のことだった。
――――それが当たり前で良いのか?
前世にとらわれる三人の男の前に、「来徒教団」を名乗る怪しい男が近づいてくるところから、物語は始まり、交差する。
絶妙に振りまかれた謎は、さらに謎を呼ぶ。
ひとつのことに囚われて、この作品を理解した気になってはいけない。
その先にそれを超える衝撃が待っているのだ。
だんだんと進んでいく時間、紐解かれていく謎。
最終話直前は、驚きの連続で、最後まで気が抜けない。
「あっ」とついつい声を出してしまう。
その謎は突拍子のないものなんかじゃなくて、序盤から導く要素がばらまかれている。
読者に悟られない範囲で、しっかり種をまいていく。
その手腕は見事だとしか言えない。
この作品のすごいところはたくさんあるのに、ネタバレになるので言えないのが悔しい。
今すぐ読んでくれ、としか言えない。
でも。それでもあえて何か言うのであれば。
「人の生ってのは一本の道だ」
「けどさ、自身の一本道ってのは、他の人の一本道と必ずどこかで交わっているはずなんだよ」
作中にたびたび出てくるこの台詞たちが、この作品のすべてを表していると思う。
ライムライトの交差点で交わる人と人の一本道。
それを見てみませんか?
正直な話をしよう。
本作は、ネット小説向きではない。
ネット小説は基本、無料、しかも素人が書いた小説だ。当然のことながら、読者としても小難しくて妙に意識だけ高い「自称純文学」なんかより、わかりやすく、読んでいて気持ちのいいモノがいいに決まっている。
事実、信じられないほどのPVや☆を集めるネット小説の多くは、一話一話に美味しいところがある。「ドンパチ」やら「ざまぁ」やら「お色気」やら、ともかくわかりやすい、時に過激なエンタメを放り込んで、読者をひきつける術に長けている。そうしないと、読者が離れていってしまうことをよく理解しているのだと思う。(それを否定する気はないし、そのニーズにこたえられるのはすごい才能だと思う)
本作『ライムライトの交差点』には読者をひきつける「分かりやすいエンタメ」はほとんどない。エロも無双もハーレムもない。そういうものを期待して読み始めたら、三話くらいで読む気がなくなってしまうかもしれない。
しかし、そこで読むのを辞めてしまうのは、あまりにももったいない。
作りこまれた世界観、細部まで徹底的に張られた伏線に、それらが回収されていく爽快感。そして、絶妙なラスト。最後まで読まなければ、この小説の持つ「極上のエンタメ」の真髄を体験することはできない。
長々とどうでもいいことを書いてきたが、言いたいことはただ一つだ。
どうか、最後まで読んで欲しい。
前世の記憶があるのが当たり前の世界で、あなたならなにをする?
前世でやれなかったことを、現世で果たす?
前世は前世だから、囚われず現世を過ごす?
前世の記憶を活かして、同じ様な道に進む?
きっと人の数だけ人生があるのと同じように、前世と現世と来世の取り扱いや価値観なども人の数だけ違ったものがあるのでしょう。
この物語を紡ぐ三人は、当然ながらそれぞれ違った前世を持っていますが、前世の鎖に縛られ、普通に生きることもままならない人たちばかり。
そういう人たちは前徒(ゼント)と呼ばれ、来徒教団(ライトきょうだん)の導きがあるのだとか。
前徒の彼らが希望を見出すのは、現世か、来世か……。
この作品で最も秀逸なのは、張り巡らされた伏線とその回収劇でしょう。
ラストに向かって次々に伏線が回収されていくのはとてつもなく気持ちが良い。
ハマるはずのなかったパズルのピースがあれよあれよという間にハマっていくのです。
しかもその伏線も、この作品の設定だからこそのものが多い。秀逸なだけではなく、唯一無二の伏線なのです。
私が個人的に好きなのはこれがただのミステリーにとどまっていないところです。
謎がある→謎を解く→終わり
ではなく、解けたその謎が自分の心の中に侵入して新たな謎を創るのです。作中の人物はもう解き終わっていると言うのに。
もちろんその謎は捨て置くことも出来ます。ストーリーは進んでいますから。ですが、ストーリーを追いつつも自分の中に出来た謎をあばくことで、小説の外側に自分だけのストーリーを創ることが出来ます。
考えることが好きな人は、絶対に面白いと感じるはずなのでぜひ試してみてください。
この『前世の記憶があるのが当たり前の世界』と言う世界観は、初めこそ突飛だと思いますが、読み進めていくうちにどういうわけか共感を覚えます。自分には前世の記憶などありはしないのに。
どうして共感するのか。それは、この物語が訴えかける問題に、現代社会に対する風刺が含まれているからです。
そしてこの命題は、なんと最後に思いもよらない結末により、読者に投げられます。
結末をキャッチして、もしも前世に思いを馳せたなら、あなたは立派な前徒(ゼント)なのかも知れません。