第204話 ワールドクエストをクリアさせるための人参が、進化の証って訳ね

 奏達と別れた後、紅葉達はビッグ・ベンのボス部屋を目指して捜索を再開した。


 今日何度もしている転移だったが、今回の転移は先程までの転移とは明らかに違った。


「迦具土、ここ、ビッグ・ベンよね?」


「そのはずじゃ」


「なんか、通路が水没してない?」


「してるのじゃ」


「どうしようかしら?」


「悩ましいのじゃ」


 紅葉と迦具土が困っているのは、紅葉達が転移させられた通路の先が水没しているからだ。


 ここから先は泳がなければならないのかと思うと、憂鬱な紅葉と迦具土だったが、そこに解決策をもたらす者がいた。


「サンハイ( ´ ▽ ` ) ガ٩( 'ω' )وン٩( 'ω' )وバ٩( 'ω' )وル٩( 'ω' )وゾ‼‼」


「「ピエドラ!?」」


 ピエドラが水面に口をつけると、やる気を出したとわかる絵文字を見せ、ダイ〇ンもびっくりな吸引力で水を吸い込み始めた。


 【暴食進撃グラトニードライブ】を発動し、ピエドラはどんどん水を体内に取り込んでいるのだ。


 すると、水中から武装したサファギンが次々と飛び出し始めた。


「モンスターは任せなさい!」


 スパッ、スパッ、スパッ! パァァァッ。


 紅葉は蜻蛉切・真を振るい、次々とサファギンを倒していく。


 紅葉のスキルは今、炎系に傾倒しているので、水辺での攻撃手段では威力が半減される。


 雑魚相手に無駄なMPを消費することもないので、紅葉は【槍技スピアアーツ緋炎スカーレット】の基本的な槍捌きだけで立て続けに現れるサファギンを次々に倒した。


 ピエドラが水を吸い込み、紅葉が各種サファギンを倒すという作業を繰り返すこと30分、通路の水がなくなった。


「ピエドラ、グッジョブ!」


「ぃゃぁ(●´∀`)ゞそれほどでも…」


「紅葉とピエドラ相手に、物量戦を仕掛けるとは愚かなことをしたものじゃなぁ・・・」


 やり遂げた雰囲気の主従を見て、迦具土はダンジョンボスに呆れた。


 ピエドラが水を吸い込んだことで、ダンジョンの通路はただの下り坂となった。


 そして、紅葉達は下り坂の先にボス部屋の扉を見つけた。


 ボス部屋まで移動すると、紅葉は嫌な予感がした。


「迦具土、思ったんだけど、ダンジョンボスって水棲のモンスターじゃない?」


「・・・可能性はあるじゃろうな。わざわざ、ボス部屋の前を水没させてたんじゃし」


「開けた途端、ボス部屋の水が全部こっちに流れて来るかな?」


「あり得るのじゃ。ボス部屋も水没してるとすれば、水が部屋の外に流れ出るのじゃ」


「炎に対して水って鬼門よね」


「それはまあ、そうじゃろうな」


 迦具土の力を借りている紅葉にとって、水辺での戦闘は不利だ。


 だから、わざわざ水辺に行って戦闘をしたいと思うのは当然である。


 しかし、残念ながら、新たに追加されたワールドクエストでは、モンスター討伐率100%の国を増やすことが求められている。


 今日、紅葉がイギリスに来たのは、イギリスがモンスター討伐率80%を超え、ビッグベンでスタンピードが発生したからだ。


 ビッグベンの外周のモンスターを倒し、現地の冒険者に先を越されないように急いで進んでいた。


 そして、ボス部屋まで見つけたのに、ボス部屋が水辺だろうという予想だけで尻尾を撒いて逃げるのはいただけなかった。


 すると、紅葉をつつく従魔ピエドラがいた。


「ピエドラ?」


「よっしゃ!Σo(*・∀・*)がんばんで!」


 ピエドラのやる気を見て、紅葉は策を思い付いた。


「・・・ピエドラ、ボス部屋の中の水、吸い込んでくれる? 勿論、私がその間は守るから」


「りょーかい(*>ω<)ゞ」


 ピエドラが頷くと、紅葉も頷き返してボス部屋の扉をゆっくりと開けた。


  ギィッ、ザァァァァァッ。


 紅葉達の予想通り、ボス部屋の中は水没しているらしく、少しだけ開けた扉の奥から水が流れ出してきた。


 ピエドラが水を吸い込み始めると、紅葉は迦具土に話しかけた。


「迦具土、この扉抑えてて。私、ボスが攻撃してきたら、ピエドラを守るから」


「むぅ、神使いが荒いのじゃ。じゃが、それしか方法がなさそうじゃな。しょうがないのじゃ」


 やれやれと首を横に振ると、迦具土は紅葉に頼まれた通り、ピエドラが吸い込める速度で水が放出されるように扉を少しだけ開いた状態でキープした。


 水が流れ出そうとする力は、普通に考えて馬鹿にならない強さだが、迦具土は今、神器ではなく神に復活しているので、その程度は容易くやってみせた。


 ゴポポッ。


 ボス部屋の水位が下がり始め、ボス部屋上部に空気が入り込むようになったらしい。


 気泡が水面に浮かぶ音が、紅葉達の耳に届いた。


 だが、それはつまり、ボス部屋内部にいるボスにも当然聞こえていた。


「むっ、紅葉よ、ボスがこの扉に向かって来ておるのじゃ!」


「ピエドラ、撤退準備! 迦具土、扉を槍が通るぐらい開けて!」


「(´○`)~ゝりょー」


「わかったのじゃ!」


 迦具土の調整により、ボス部屋から流れ出る水の量が増え、ピエドラは紅葉を背中に乗せて濡れないように飛んだ。


「よくもやってくれたわね!」


「せいっ!」


 ブンッ! グサッ! シュイン!


「痛っ!」


「ピエドラ、退却! 迦具土、全開にしてから逃げて!」


「任せるのじゃ!」


 ギギギッ!


 紅葉が投げたのは、先日手に入れたグングニル=レプリカである。


 投げれば必中であり、投げた後に勝手に手元に戻って来る便利な槍だ。


 ボスと思しきモンスターが怒り、紅葉の視界に入ると、紅葉はグングニル=レプリカをボスモンスターに命中させてすぐにピエドラに退却を命じた。


 迦具土も、紅葉に言われた通り、ボス部屋の扉を全開にしてから、紅葉とピエドラの後ろについて逃げた。


 ボス部屋の扉が開けば、中の水が外に流れ出ようとする。


 その際に生じた水流に、受けたダメージのせいでバランスを崩したボスモンスターは流され、大量の水と共に部屋の外に出て来た。


「チャンスね。ピエドラ、水面ギリギリに行ってくれる?」


「dЬ(.・*^ω-)окだょ♪」


 ピエドラが紅葉の指示に従い、水面に触れない距離ギリギリの位置まで移動した。


「ピエドラ、私が攻撃したら離脱よ。良いわね?」


「(>Д<)イエッサ!!」


「よろしい。じゃあ、痺れなさい。【紫雷正拳サンダーストレート】」


 ブンッ、ゴロゴロゴロォォォン! バチィィィッ!


 紅葉が水面に向かって、紫色の雷を纏った拳をぶつけると、水面にその雷が移って水中の全てを感電させた。


 ピエドラは感電しないように、紅葉の言う通りすぐに高度を上げたおかげで、ダメージを受けずに済んだ。


 ところが、全てが紅葉の想定通りには進まなかった。


 ザァァァァァッ!


 突然、【紫雷正拳サンダーストレート】を放った後の水が形状を変え、9つの首を持つ巨大な蛇を模り始めた。


 そして、ヒュドラの中心部から、髪が焦げた人魚のようなモンスターが現れた。


「よくもウェパル様の髪を焦がしてくれたわね! 【多首水蛇ヒュドラ第一首ファースト】」


 ウェパルと名乗ったモンスターがスキル名を叫ぶと、水でできたヒュドラの首の1つが、紅葉達を襲った。


「弱点を放置したまま攻撃するなんて、馬鹿なのかしら? 【紫雷正拳サンダーストレート】」


 ブンッ、ゴロゴロゴロォォォン! バチィィィッ!


「アバババババッ・・・」


 水でできたヒュドラの首に、紅葉が紫色の雷を纏った拳をぶつけると、ヒュドラにその雷が移ってウェパルが感電した。


 動きが鈍ったウェパルを見て、紅葉はここぞとばかりに攻め込んだ。


「【紫雷正拳サンダーストレート】【紫雷正拳サンダーストレート】【紫雷正拳サンダーストレート】」


 ブンッ、ブンッ、ブンッ、ゴロゴロゴロォォォン! バチィィィィィッ! パァァァッ。


《おめでとうございます。個体名:秋山紅葉は、ウェパルを倒しました。その報酬として、紅葉とピエドラの全能力値が+100されました》


《紅葉がビッグ・ベンのボスを倒したことにより、ビッグ・ベン内部のモンスターが消滅し、イギリスのモンスター討伐率が100%になりました。それにより、オーディンがイギリスにモンスター避けの結界を張ることに成功しました》


《おめでとうございます。個体名:秋山紅葉が、クエスト2-1をクリアしました。報酬として、進化の証の引換券を会得しました。10枚集めることで、引換券が進化の証に変わります》


 神の声が止むと、紅葉はいつの間にか手の中に入っていた引換券に気づいた。


「これが引換券?」


「ふむ。紅葉も超人ドワーフの次を目指せるのじゃ」


亜神エルフの進化命名規則と同じなら、上超人ハイドワーフになるのかしら?」


「多分、そうじゃと思うぞ」


「ワールドクエストをクリアさせるための人参が、進化の証って訳ね。響もクエストが変わってたとしたら、集めるんだろうなぁ」


「そうなったら、早い者勝ちになるかもしれないのじゃ」


「・・・こうしちゃいられないわ。さっさと戦利品を回収して、次の国に行きましょう」


 迦具土に煽られ、紅葉はワールドクエストのクリアに前向きになった。


 ウェパルからドロップした魔石とモンスターカード、宝箱の中身を回収すると、紅葉達は急いでビッグ・ベンから脱出した。

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