第4話 左、左だ。運気上がるぜ?

 奏とバアルのレベルアップが終わると、奏は歩き始めた。


 今のところ、奏が遭遇したのはスプリガンとソルジャーアントだけだ。


「バアル、このダンジョンってスプリガンとソルジャーアントしかいないのか?」


『いや、そんなことねえぜ。奏の家が呑み込まれた場所が、偶々そいつらのいるルートだっただけだ。つーか、スプリガンってレアモンスターだぜ? 滅多に出会わねえんだぞ?』


「しかも、モンスターカードまでドロップしたもんな。幸運を使い果たしちまったか? 違うな。社畜としての日々を乗り越えた俺に、天からの褒美として現れたんだ」


 自分が運を使い切ったと思いたくなくて、奏は自分に都合の良い方向に考えた。


 そんなことを話していたら、奏は前方にT字路を見つけた。


 しかし、そこには四つ足のモンスターらしき存在の姿もあった。


「バアル、あいつは?」


『ワイルドドッグだな。人型のモンスターと違ってすばしっこいから、気をつけろよ?』


「ワォン!」


 ワイルドドッグが奏に気づき、奏に向かって走り始めた。


 すると、奏はバアルが想像しえなかった手段を使った。


「おい、犬擬き! これを見ろ!」


『はぁっ!? 俺様を投げたぁっ!?』


「ワォン!」


 ワイルドドッグにも、犬としての本能が残っていたのか、投げられたバアルに目を取られ、咥えようとジャンプした。


 シュン。


「ワフッ!?」


「引っかかったな、間抜け。【雷(サンダー)】」


 バチィッ! ドサッ。パァァァッ。


 空中で身動きの取れないせいで、ワイルドドッグは雷に命中して倒れた。


 そして、奏の手の中に戻ったバアルは、抗議した。


『おい、奏! 俺様を投げんじゃねえよ!』


「実験だよ、実験。お前、俺が捨てようとしても戻って来るって言ったろ? だから、囮に使ってみた」


『そりゃ言ったがよ、それでも普通投げるか? 俺様、神様だぜ? 罰当たりめ』


「バアル、そういうのは普段から神に祈ってる奴に言えよ」


『それもそうだな。まあ、良い。奏が戦闘の経験を積めば、俺様も力を取り戻せるんだ。大概のことは大目に見てやるよ。じゃあ、魔石くれ』


「ほらよ」


 シュゥゥゥッ。


 魔石を貰うことで、バアルは奏を許した。


 魔石1個で投げても許すなんて、実に安上がりである。


 それから、奏はT字路まで辿り着き、一旦立ち止まった。


「バアル、どっちに行けば良い?」


『左、左だ。運気上がるぜ?』


「何それ、胡散臭いことこの上ねえ」


『マジで左だ。俺様がここで左に行けと言ったことに、お前は感謝するに違いねえ』


 やたらと左押しをするバアルを、奏はジト目で睨んだ。


 しかし、土地勘もなければモンスターも感知できないので、奏は仕方なくバアルのナビに従い、左に曲がった。


 この時、奏はもう少しバアルの思考について考えるべきだった。


 バアルの最優先事項は、奏がモンスターを倒し、自分が力をつけることだ。


 それに対し、奏はできるだけ安全なルートを進みたかった。


 もし、ここで奏が安全なルートはどっちかとはっきり訊いていれば、バアルは自分の都合の良いように解釈せず、正直に言っただろう。


 だが、その手間を省略したせいで、奏はこの後すぐに苦労することになる。


 左の道を進むと、ワイルドドッグの群れの姿があった。


「あの数はヤバくね?」


『何を怖気づいてんだよ。俺を投げた時みたいな機転を見せろよ』


 バアルの表情は見えないが、声はニヤニヤしているものだった。


「覚えとけよ、バアル。そらよ!」


 そう言いながら、奏は上空に放物線を描くように投げるのではなく、槍を投げるようにして地面に水平に投げた。


「ワォン!?」


 ドサッ。パァァァッ。


 1体に刺さり、そのまま倒れて消えた。


「「「・・・「「グルルルルッ」」・・・」」」


 それを見た残りのワイルドドッグ達は、唸って奏を警戒している。


 手元にバアルが戻った奏は、先程と同じようにバアルを水平に投げた。


 シュッ。


「「「・・・「「ワォォォン!」」・・・」」」


「クソッ、避けられたか!」


 ワイルドドッグ達は、奏目掛けて一斉に走り始めた。


「【サンダー】」


 バチィッ! ドサササササッ。パァァァッ。


 雷が落ち、ワイルドドッグの半分が倒れた。


 それでもまだ、ワイルドドッグは3体いる。


「マジでヤバい・・・」


 冷や汗が額から流れ、焦る気持ちが静めるには難しくなってきたので、奏は反転して逃げ始めた。


「「「ワォン!」」」


『おい、奏! 逃げんじゃねえよ! あんなのいくら群れようが雑魚だぞ!?』


「うっさい!」


 ドサッ。パァァァッ。


 奏に一番近いワイルドドッグが、投げられたバアルを避けたが、その後ろにいたワイルドドッグは動作が遅れ、頭を貫かれて倒れた。


 奏は逃げたように見えて、実は逃げてはいなかった。


 これは、1対多数の戦闘で奏が昔身に着けた戦術なのだ。


 同じ種族だとしても、それぞれの個体に差が生じる。


 だから、奏が逃げれば、それを複数で追い、そこで足の速さで横一列から縦一列になることがある。


 今回は、3体が横並びになっても、十分なゆとりがあったのだが、足の速さに差が生じ、縦一列になっていた。


 そうなれば、奏の狙い通りである。


 奏はバアルを投げ、ワイルドドッグを1体減らすことに成功した。


 そして、バアルが手に戻った途端、奏は逃げるのを止めて、体の向きを反転させて迎撃に移った。


「【睡眠スリープ】」


「ワォン!?」


 ドサァァァッ。


 突然、反転して迎撃してくると思わなかった戦闘のワイルドドッグは、慌てて奏の【睡眠スリープ】を避けた。


 だが、その後ろのワイルドドッグは、バアルを投げた時と同じように、反応が遅れて避けられなかった。


 倒せてはいないものの、行動不能になったのだから、奏が今対応すれば良いのは1体だけだ。


「【打撃ブロー】」


 ドン! ドサッ。パァァァッ。


 1対1なら、T字路の時に済ませ、反応速度もわかっているため、奏に負ける可能性はなくなった。


 それにより、ワイルドドッグの動きを見切った奏は、【打撃ブロー】を飛びかかったワイルドドッグの胴体に当てて倒すことに成功した。


 そのまま、眠っているワイルドドッグの脳天目掛けて、バアルを振り下ろした。


 グシャッ。パァァァッ。


《奏はLv8になりました》


《奏はLv9になりました》


 戦闘が終わったからか、奏の耳に神の声のアナウンスが届いた。


『よくやったぞ、奏! お前は大した戦術家だぜ! 俺様びっくりしたぞ!』


「煩い。お前、わざとモンスターの多い道を選びやがったな?」


『当然だ。俺はどっちの道が良いかって訊かれたが、それは何をもって良いとするかなんて言われてねえ。だから、俺に都合の良い道を選んだまでだ』


「自称神のバール風情には、人の気持ちを汲み取るのは無理だったか」


『なんだと!? そんなことねえぞ!』


「それなら、次からは安全な道をナビしろ。俺がいなくなったら、困るのはお前だろ?」


『そうだな。だが断る!』


「はぁ・・・」


 どうしてバアルがそのネタを知っているのか、小一時間程問い詰めたいものだが、残念ながら奏にはそんな暇はない。


 溜息をつき、奏は黙々と魔石の集める作業に移った。


 すると、散らばる魔石の中に、干し肉が10個描かれたカードがあった。


「おい、詐欺師。これがマテリアルカードか?」


『ちょっ、待てよ。俺様を詐欺師扱いすんじゃねえ』


「どうなんだ? マテリアルカードなのか?」


『・・・悪かった。不意打ちでモンスターの多い方に案内するのは止めるから、せめて名前で呼んでくれ。俺様は神だ。名前を呼ばれなくなる神なんて、いずれ忘れ去られちまう。そんなもんは神じゃねえ』


「次はないと思えよ?」


『わーったよ。んで、それはマテリアルカードだ。ワイルドドッグのマテリアルカードは、見た通り干し肉10個入りだぜ』


「そうか」


 干し肉のマテリアルカードを、奏はベストの胸ポケットの中にしまった。


 それから、集めた魔石をまとめてバアルに吸収させた。


 シュゥゥゥッ。


《バアルはLv8になりました》


《バアルはLv9になりました》

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