なにひとつわからないまま




「……ふみか?」


 ふみかは、私のことを見ながら泣き出してしまった。何度も何度も、謝罪を繰り返しながら。

 その声も次第に小さくなって、代わりに嗚咽が大きくなっていく。

 廊下には、ふみかのすすり泣きが響いている。それを、私はどうしたら良いのかわからず聞いていた。


「ふみか、どうしたの?」

「梓……ごめんなさい」

「それだけじゃわからないわ。何があったの?」


 もしかして、青葉くんを傷つけたのってふみかだったの?

 でも、そんなことないわよね。だって、ふみかと私は同じ中学だったし。そこに青葉くんたちは居なかったはず。……はず。


「ねぇ」

「ん?なんだよ、梓」

「中学どこだった?」

「あん?東中」

「あ、じゃあ違うか」

「なにが?」


 自信なかったから、橋下くんに確認したらやっぱり違った。私たちは西中だったから。

 私は、小さい声で考えていたことを伝えた。すると、


「ああ、なるほどな。こいつは違うよ」

「ちょっと!友達をこいつ呼ばわりしないでよ!」

「おっと、失礼」


 本当、橋下くんって口が悪い!


 ってことは、ふみかどうしたんだろ?

 私が一生懸命考えていると、隣では橋下くんが大きなため息をついているじゃないの。態度が本当パパにそっくり!思わず睨みつけてしまったわ。

 

「てか、普通に考えてさっきのスポ専の奴と知り合いなんだろ。なあ?」

「……っ」


 相変わらず、橋下くんが強く肩を掴んでくるせいでちょっとだけ痛い。けど、今それを言い出せる雰囲気ではないわね。


 橋下くんがそう言うと、ふみかは一瞬だけ呼吸を止めるように静かになった。……どうやら、そうみたい。


「ほら。お前、ちょっと人を信用しすぎ。見てるオレが心配するレベルだわ」

「……ふみか、牧原先輩のこと知ってるの?」

「…………」

「ふみかも、先輩に何かされたの?」


 こんなに泣いてるふみか、初めて見た。

 牧原先輩、もしかしていろんな女の子に声かけて遊んでたり?ふみかも被害者?辛いことがあったのかな。


「……ごめんなさい。私、私」

「あ、ふみか!」


 ふみかは、そう言うと走って階段を降りてどこかに行ってしまった。結局、1回も目が合わないまま。


「待って、ふみか!」


 何か知っているのは確か。

 でも、なにひとつとしてわかったことはない。


 ふみか。

 なにがあったの?

 思い出すのも辛いことがあったのかな。思い出させちゃったかな。

 それなら、悪いことしちゃった。謝らなきゃ。


 私は、足に力を入れて立ち上がろうと近くの壁に手をつける。



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