悪い奴ではないけど、要注意人物に間違いない人



「離せよ、嫌がってんじゃん」


 そこには、茶髪の奴に抱きしめられて泣きじゃくる鈴木さんが。

 間に合った、のか……?


 「……橋下くん?」


 鈴木さんは、嗚咽を漏らしながらもオレの名前を呼んでいる。

 ってか、よくこの格好でオレだってわかるな。……ああ、声か。


「あーあ、人が来ちゃった。アズサちゃんの知り合い?」

「どうでも良いから、離せって。泣いてんじゃん」


 ……まあ、オレも泣かせたけどな。

 今はそんなこと言ってる暇はない。


 ってか、声かけてた奴、黒髪だった気がするんだけど。

 こいつじゃないってことか?


「離しても良いけど。アズサちゃん、腰抜かしちゃってるから君が支えてくれる?」

「はあ?……何したんだよ」

「んー、予約?」


 そいつは、そう言って鈴木さんの首筋を指さしてきた。キスマが、ここから見ても結構はっきりわかるくらい付いている。

 ……こいつ、学校の廊下で何してんだ?


「あはは、そんな顔しないでよ。他の人に取られないようにつけただけだから」

「鈴木さんをモノ扱いすんな」

「してないって。ね、アズサちゃん?」

「……う、う」


 あー、もう!

 女の泣き顔って苦手なんだよな。


 オレは、舌打ちをしながら2人に近づいていく。

 こう見ると、スポ専のやつ背が高いな。五月よりある気がする。


「鈴木さん、こっち来なよ」

「アズサちゃん、ちょっと移動しようね」


 本気で鈴木さんを傷つけようとしてるわけではないらしい。

 そいつは、ゆっくりと鈴木さんの身体をこちらに渡してくれた。本人も、特に抵抗せずオレの腕の中に収まってくれる。


 ただ、すげー震えてる。怖かったんだな。

 オレが頭を撫でてやると驚いたような表情になってるじゃんか。……なんだよ、気を使ったのに。


「アズサちゃん、強引にごめんね」

「……」

「悪いと思ってるなら、早くどっか消えろよ」

「そうだね、出直してくる。……アズサちゃん」


 そいつは、睨みつけてる鈴木さんと視線を合わせ、ニッコリと笑いながら話しかけている。


「もう嫌がることはしないから、また会ってほしいな」

「……いや」

「あはは、その強気なところが気に入っちゃった。……ねえ、アズサちゃんの知り合い君」

「なんだよ」

「忠告。僕じゃなくて、黒髪の3年……秋原雅人が来てもアズサちゃん1人にしちゃダメだよ。印つけたから大丈夫だとは思うけど、せっかく綺麗なのに汚れちゃう。……ね、アズサちゃん?」

「……っ」

「……どういう意味だ?」

「さあ。……忠告したからね。アズサちゃんのこと、よろしくー」


 ……綺麗とか汚れるとか、なんのことだ?

 見ると、鈴木さんの顔が真っ赤になってる。よくわかんねえ。


 床に落ちてた上着を拾った茶髪の奴は、そう忠告して手を振りながら階段を降りて行ってしまった。

 黒髪の3年って、五月の教室で見たスポ専の奴か?オレには、今の奴との違いがわかんねえ。どっちも危ねぇよ。


 いや、今考えても仕方ないな。

 今は……。


「鈴木さん、大丈夫?」

「……髪の毛、どうしたの?」

「ああ、ウィッグだよ。仕事で使ってたやつをそのまま被ってきただけ」

「雰囲気、結構変わるんだ」

「まあな。大抵は気づかれない」

「確かに」


 オレにしがみついて必死に立っている鈴木さんに声をかけると、少しだけ笑いながらも全く違う話題が返ってくる。


 聞こえなかったのか?

 そう思って、ウィッグを外しながら口を開こうとすると、


「っ、す、鈴木さん!鈴木さん!!」


 そこに、めちゃくちゃ顔色の悪い五月も来た。

 ……全く、遅いんだよ!



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