意図的にそらした視線


 教室に入ると、いつも通りザワザワとした空気が漂っていた。

 私の体調を心配する人もいて、声をかけられたわ。水道の故障の話をすると笑っていたっけ。こういうとき、話しかけてくれる人がいるって良いよね。


 トートバッグから教科書やノートを取り出していると、マリたちもやってきた。ふみかも詩織も心配してくれていたみたいで、「大丈夫?」と聞いてくれる。


「お!メイク、元通りじゃん!」

「ありがとう、なんとかね。まさか、故障するとは思わなかったよ」

「めっちゃウケる。日頃の行い?」

「それなら、真っ先にマリが犠牲になる」

「なにおう!!」


 あはは、やっぱり良いな。こういうの。

 そうよ、私には同性の友達がいればそれで良い。


「宿題は?」

「終わった。これで、補習受けずに済む!」

「やったね!じゃあ、放課後なんだけど……」

「……」


 マリが話をしている最中。

 私は、ふと視線を感じて窓際に目線を向ける。すると、驚いた表情をする青葉くんと目があってしまった。私の顔を見た彼は、心配そうな表情に変わっていく。


「って感じなんだけど、どう?」

「……へ?どういうこと?」

「だーかーらー」


 すぐさま、その視線をそらした。


 だって、もう近づく理由は無くなったし、ただのクラスメイトだし。……私が近付けば彼は傷つく。

 2日だけしか会ってないから、瑞季も要もすぐ忘れるわ。


「しおりんが部活だから、今日は全種類買って明日学校で……」

「ああ、学校でみんなで選ぼうってわけね。面白そう!」


 こうやって、マリたちとおしゃべりする時間の方が、私にとってはずっとずっと大事なんだから……。



***



「はあ〜、セイラさんマジで天使……」


 私たちは、学校から10分ほど歩いた場所にあるコスメショップに来ていた。時間帯のせいか、同じ制服の生徒たちがちらほら。みんな、コスメや肌ケア商品を見ている。


「セイラさんって、年齢どのくらいなんだろう」

「20代じゃない?肌綺麗すぎ」

「鼻筋もしっかりしてるよね。なんか、日本人離れしてる」

「わかるー。笑うと幼く見えるのもポイント!」

「声も理想なんだよね」


 奥にあるヘアケアコーナーには、新商品である『エンジェル・ケア』のブースが設けられていた。そこには、セイラさんが綺麗な髪をなびかせている大きなポスターが。いいなあ、私もこんなストレート髪にしたかった。でも、ウェーブ髪じゃないと癖があるからダメなのよね。


「ハードとソフトどっちにする?」

「ソフトが良いんじゃない?ハードはパーマしてるからあまりいらなそう」

「でも、由利ちゃんはハードでも良いかも」

「うーん、どうしよう。香りってハードとソフトで違うの?」

「違うみたい」

「私は香りで決めたいなあ。ハードもソフトも使い道あるし」


 由利ちゃんはボブだから、どっちでも行けそう。マリとふみか、詩織は私と同じロングだからあまり悩む必要なし!

 見ると、ソフトの方が香りが多い。5種類以上あるから、この中から選ばないとね。全種類買っていったら、分けるのが大変そう。


「あ、ふみかの好きなミント系もある!」

「フルーツは柑橘系とベリー系だね」

「フローラルとオリエンタルもあるんだ。フゼアとか、女の子使うの?」

「フゼアは省こう。しおりんもいらないと思う」

「OK〜。あ、でも梓が買ったら?」


 マリがフゼアのワックスを棚から取ると、なぜか私に渡してきた。……どういうこと?


「えー、フゼアは使わないよー」

「違う違う!梓が使うんじゃなくて……」


 そう言って、マリはふみかの顔を見ている。何よ、はっきりしないわねえ。

 商品を棚に戻していると、ふみかが今一番考えたくない人の名前を口にしてきた。


「ああ、お昼休みにね。青葉が梓のこと見てたって話をしたの」

「……そう」

「告白されるかもだから、断るときにこれプレゼントしたら?」

「それは悪趣味すぎない?」

「梓って本当モテるよね〜。1人くらい私にも分けて」


 告白されるわけじゃないと思うけど……。

 いつもなら、マリの茶化しに乗るんだけどそんな気分になれなかった。


「欲しいなら、どうぞ」

「うわ、辛辣〜」

「学年の男子たちが泣くよ、それ」

「あはは。私には友達がいればそれで十分!」


 そうよ、私にはこの時間があれば十分。


 ……にしても、なんで私のこと見てたんだろう。

 いやいや、もう関係ない。関係ないんだから。


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