オレの親友は、駆け出しのメイクアップアーティスト



「夕飯、本当に美味しかったです。餃子も、スープも。ありがとうございます」

「よかった。こちらこそ、子どもたちの相手してくれてありがとう。お母さん遅いから、とても助かりました」


 青葉くんは、20時ごろに「帰ります」と言って立ち上がった。瑞季と要から大ブーイングだったけど、流石にこれ以上はね。

 私がお皿を洗って片付けしている間に、テレビゲームで対戦したり、どこから引っ張り出したのかトランプなんかしたりして遊んでた。……楽しそうだったから、ちょっとだけ混ざりたかったけど。


 子どもたちにお風呂へ入る準備をさせて、青葉くんと私は玄関に向かった。


「また———……」

「え?」

「……また、学校で」

「あ、ええ。学校で」


 スニーカーをはく青葉くんの後ろ姿をボーッと見ていたら、何か言われた気がした。

 すぐに聞き返すと、彼は「学校で」と言ってくる。……そうね、次は学校でね。


「次は、一緒にトランプしましょうね」

「あ……」

「やりたそうにしてたの、気付いてました」

「……恥ずかしい」

「あはは、鈴木さんは面白いなあ。じゃあ、夜だから外には出ないでくださいね」

「……青葉くんも、夜道気をつけて」

「ありがとうございます。要くんと瑞季ちゃんによろしく」


 寂しそうな表情をしてしまったのだろうか。靴を履いて立ち上がった青葉くんは、私の顔を見ながらそう言って笑ってきた。

 どうやら、気づかれていたらしい。でも、私はそんなことよりも「次は、一緒に」の言葉が頭に響き渡る。

 続けて「鍵ちゃんと閉めてください」と言った青葉くんは、そのまま玄関を開けて帰ってしまった。


「……次もあるの?」


 閉じたドアに向かってそう呟くも、当たり前だけど答えは返ってこない。

 私は、本来の目的であった口止めすることを忘れて、そのドアをしばらく見つめていた。


 

***



 金曜、21時。

 そこは、夜が始まると言うのに昼間のような活気が溢れている。目の前の重たそうな扉を1枚超えると、すぐに眩しい照明や重量がハンパないカメラが十数台、そして、それを動かす人たちでいっぱいだ。

 それもそのはず。これからが、ここに集まる人たちにとって「昼間」なんだ。もちろん、オレ、橋下奏にとっても。

 だから、すれ違った人にする挨拶も「おはようございます」。それが、芸能界ってところ。


 ここは、都内でも大きい撮影スタジオ。CMやドラマの撮影に使われている場所だ。今日はここで、まだ発売されていないチョコレートのCM撮影がある。


五月さつき、遅いなあ」


 オレはそんな場所で、いつもならもうとっくに現場へ来ているはずの親友、五月を待っていた。時計を見ながらイラついていると、そいつはすぐにやってくる。


「奏、おはよう」

「遅い!」

「ごめん」

「……まあ遅刻じゃねぇからいいけど。それより、後で放課後一緒にいた女のこと教えろよ」

「見られてたかあ」

「芸術棟行く時にな。……全く、自分から女に近づくんじゃねぇよ。学べ」

「……鈴木さんはそんな人じゃないよ」

「また騙されるぞ、その鈴木さんとやらに」

「……」


 こいつは、オレの親友。

 母親が芸能界でも有名な女優で、良く現場が一緒だったんだ。

 その女優から、「同い年の息子がいる」って紹介されたのがきっかけ。小学生の時かな、仲良くなったのは。


「とりあえず、着替えよう。後30分でリハでしょ?」

「うん。今は、スタンドイン入れて照明調整してる」

「進行早いね」

「まあ、あの八代監督だから」

「じゃあ、今日は巻きじゃん。ラッキー」


 八代監督は、他の監督と違って時間に厳しいけど絶対オンスケで進めてくれるからオレも事務所も大好きなんだ。カメラや記録係の人には不評らしいけどな。


「すぐ着替えるから、セットお願い」

「わかった。やるよ」


 五月って、オレから見ても芸能向けの顔してんだよな。でも、絶対に表には出ない。


 昔、その顔と人を疑わない優しすぎる性格でトラブってばっかでさ。本人は自分の顔が好きじゃないらしい。

 だからいつも、学校では顔を隠して過ごしてるんだって。昼間もすげー陰湿な格好してたから、思わず直させちゃったわ。


「今日の照明、白気味だった」

「……ちょっと見てくる。ファンデの色味、変えないと」

「サングラス欲しいくらい眩しかった」

「そんなに?今日、濃い目のアイブロウ持ってないんだけど」


 そう言いながら、五月は……オレの親友で駆け出しのメイクアップアーティスト「五月」は、Aスタジオの方へ走って行ってしまった。


 さてと、今日も一仕事しますか!



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