10話:Break (打破)

 雷が落ちると同時にけたたましい音が耳をつんざくように聞こえた。

しかし雷霆サンダーストームを食らっても大量の蝿は物怖じせずに僕の方へと向かってくる。

動かなければ死んでしまうと思っても僕の体は鉛のように動かなくなっていた。


「ふふふ……あなたが美火と七海を傷つけたという幻夢という人かしら? 彼女達の苦しみをあたしが味わせてあげるわ。」


 砂那のあざ笑うような声が聞こえると同時に大量の蝿が襲いかかってくる。

それと同時に僕の体へつき刺さるような痛みが襲いかかり、体力をガリガリと削っていく。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ! 」


 僕はあまりの痛みに耐えきれずに叫んだ。

そして手元から“ラミエル”が音を立てて落ちる。

しかしこんな所でやられる訳にはいかなかった。仲間の前で命は落としたくないという意地が僕を立ち上がらせる。


「幻夢くん!私が助けます!“栄光の風”! 」


 癒月の突風で風が大量の蝿を僕の体から引き離す。そして蝿が1箇所に固まって集まっていた。

僕はもう体力の限界なのかひょう混じりの雨の中で倒れ込むと変身が解けてしまう。


「ここだ。“神の炎”! 」


 1箇所に集まった大量の蝿を見かねた詩音は火の玉の弾幕を展開したが、雨によって威力が弱まってしまった。

そして大量の蝿にたどり着く前に弾幕が消える。


「くそっ!まずは天候をどうにかしなければ……。」


 詩音は上を見上げながらぽつりと呟く。彼女の顔を見る限り再び余裕を取り戻したようだった。


「ご、ごめんなさい。わたしが足を引っ張ったばかりに……。」


 水羽は申し訳なさそうに詩音にいいながら見つめている。

彼女の青い瞳と態度から反省している姿はしっかりと見て取れる。

それに対して詩音は彼女を無視するかのように詠唱し始めた。


「“輝く太陽”。」


 その声に答えるかのようにひょう混じりの雨が止まると普段の状態に戻ってしまう。

しかし未だに雨でびしょびしょの床はどうにもならなかったようだった。


「ここから形勢逆転といかしてもらおうか、砂那さんよ。」


 詩音はそう言いながらニヤリと笑うと手から炎を出した。炎の光が彼女の紅色の髪の毛と赤い瞳を照らしている。

そして彼女は大量の蝿に向かって叫んだ。


「あたしは1人で英雄になる。“神の炎”! 」


 火の玉の弾幕が大量の蝿を再び襲いかけたその時、茨が生えた蔓のようなものが詩音の体にまとわりつく。それが彼女の体を段々と傷つけて体の節々から血が吹き出した。


「“茨の草”。全くトップ4であるはずのアークのうちの3人がこんなザマとは笑えるわね。

ねぇ?恥ずかしくないのかしら?」


 砂那は僕を除く3人をあおりながら高笑いをし始める。

僕はあまりにも悔しくて唇を噛んだ。詩音はこの状況、僕もボロボロと彼女の草の攻撃に有利である2人が動けなくなっていた。


 これは完全に負ける――

僕は諦めかけたその時、諦めるなと言うように誰かが叫んだ。


「それはどうでしょうか。今までは朝火さんの独壇場でわたしたちは手を出せなかっただけです。」


声を上げたのは水羽だった。


「その罪を償いなさい!“啓示の雨”!」


 その声に答えるかのように再び雨が降り始める。

水羽が驚いたような顔で僕達を見ると不安に駆られたような顔をするとポツリと呟いた。


「え、詠唱間違えちゃった……。」


 その言葉に僕は不利な水の攻撃や詠唱を間違えたことにより怒りよりも呆れが勝っていたが、何故か先程とは違って砂那の顔が急に余裕を失い始める。


「この女……。酸性雨とは……切り札を持っていたのね。」


 まさかこういうような場面で水羽がジョーカー的な存在になるとは思わなかった。

わざと最初に水属性という手の内を見せてこのようなことをするなんて普通の人なら性格が悪いと思ってしまうだろう。

 しかしこれは水羽の詠唱間違いでのラッキーパンチという状況が違うということを何よりも物語っている。

ふと僕は目の前を見ると酸性雨によって詩音を縛っていた茨のつるのようなものが枯れてなくなっていく。


「くそっ!“アーク”達よ!覚えてなさい! 」


 砂那は悪党らしい言葉を吐くと姿を消して退散していった。

それに対して水羽は濃い青色の髪の毛を手で揺らすと、再び申し訳なさそうな顔をして僕達の方を向く。


「皆さん、ごめんなさい。私……。」


 彼女がそう言いかけた時、癒月が言葉をかけた。


「水羽さん。こんな状況を救うなんて英雄ヒーロー以外なんていうの?

ごめんなさいと言うのは私の方よ。私は何もしてないもの。」


 僕はその言葉を聞いて心にグサリと刺さった。僕も何もしてないと同じようなものだったからだ。

肝心なところでは何度も仲間に助けてもらっている僕なんかはヘタレ以外のどんな言葉が見当たるだろうか。


「そうだな。しかし水羽、この雨が止む手立てはあるのか? 」


 詩音は変身が解けた体で天井を見ながら水羽に問いかけた。その言葉を聞いて水羽は一瞬キョトンとした顔で彼女の方を向く。


「て、手立て……。そ、それは……う、うわぁぁぁぁぁ! 忘れてたぁぁぁぁぁ! 」


水羽は悲鳴をあげながら慌てふためき始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る