第21話
電車を乗り継ぎ、水族館へ。
水族館ではイワシのトルネードや、深海魚を見て、びっくりしたり、先輩はグソクムシを見て可愛いとか言ってた。
グソクムシって可愛い?
俺にはそれはわからない。
大きいワラジムシって思うから。
他にはペンギンを見て癒されたり、イルカショーを見て、感動してた。
そして先輩はクラゲを見つけると、ダッシュでクラゲの所まで行き、そこから1歩も動かなくなった。
初めは良かったが、それが10分、20分経つにつれて、だんだんと精神的にきつくなってきた。
「先輩行きましょう」と声をかけると、「あと5分」というのだ。
いや、寝起きかよ! ってツッコミのひとつも入れたくなる。
これを5分ごとに10回は繰り返したであろう。10から先は覚えてない。
ようやくクラゲから離れられたと思ったら、時間はあっという間に過ぎており、夕方になっていた。
最後にお土産コーナーを見に行くことに。
そこにイルカのキーホルダーが売られていた。
それをおもむろに手に取りながら、“いるか”さんのことを思い出していた。
綺麗で柔らかい歌声……
「なーに考えてんの?」
「え?」
声をかけてきたのは先輩だった。
急に声をかけられたから、びっくりして変な声が出てしまった。
「何その声。クスクス」
笑われた。
「それでー、何考えてたの?」
先輩は逃がさないつもりらしい。
それが分かり、俺も観念して、喋る。
「動画サイトで好きなカバー歌手さんのことを考えてたんです」
「へー、それは男性? 女性?」
「え?」
「え? じゃなくて、性別はどっちって聞いてるの」
ちょっとキツめの声で聴いてくる先輩。
てか、それ重要?
まぁ聞かれたから答えるけれども。
「女性ですけど……」
「ふーん。及川くんはデートの最中に、別の女の事を考えるんだ」
いや、女って……
「そりゃ先輩とは別の女性ですけど、芸能人みたいな括りですよ?」
「それでもだめ。及川くんの彼女じゃない私だから良かったものを、彼女といる時なんかに彼女以外の女の事考えるなんてしたら、彼女が可哀想だよ」
この人は未来の俺のために言ってくれてるのか?
ならその心配は無用だ。
「大丈夫ですよ。彼女なんてできないと思うんで」
「一生?」
「いや、それは分かりません」
「なら私の忠告はきっちり聞いとくべきだよね」
「忠告ありがとうございます」
「それと?」
「ごめんなさい」
「よろしい」
瞬間2人で笑いあった。
先輩の忠告は女の子慣れしていない俺にとってはありがたかった。
「結局それ買うの?」
ひとしきり笑った後、先輩が聞いてきた。
「あー、どうしようかなって思ってたところです」
「いいじゃん可愛い」
「ですよね、買っちゃおかな。それで……」
先輩は何か買うんですか? と聞く前に、両手を見た。
さっきは先輩がちょっと怖くて見られなかったが、両の手に籠を持ち、その籠の中には大量のグッズがあった。
クラゲのグッズばっかり。
「ん? どうしたの?」
「いえ、別に。退職祝いなんで何か買ってあげようかなと思ったんですけど……」
「いいよいいよ。荷物持ちしてくれるだけで十分!」
「そうですか」
全部買って♡とか言われたら、全部買っちゃう勢いが今の俺にはある。
そして破産する未来まである。
いや、そんなこと無いよ? 流石に貯金はいくらかあるよ?
「あー、でも。そのイルカのキーホルダー買うなら、私の分も買って!」
え? マジですか先輩?
嘘でしょ先輩?
ペアで買うんですか先輩?
勘違いしちゃいますよ先輩?
「いや、それは流石に」
「えー、いいじゃん、可愛いのに! 別にお金はあるでしょ?」
「いや、ありますけど」
「なに? 退職祝いなのにキーホルダーのひとつも買ってくれないの?」
それ言われるとキツイ。
今日は退職祝いとして来てる。
結局何も言えなくなってしまう。
今までも何も言えてなかったけど。
「わかりましたよ。それ言われると弱いです」
「わーい!」
わーい! って。小学生かよ。
まぁいいや。あと悠の分をもうひと、ふたつ。
シャチと、クマノミでいいや。
「? なんでもうふたつ?」
先輩なら当然疑問に思うよね。
「兄と妹の分です。いつも世話になってるんで」
「へー、兄弟仲良いんだね」
「いや、そんなこと無いです。いつも迷惑かけっぱなしです」
妹にはいつも迷惑かけてばっかりだ。
それに毎日弁当に夕飯。
感謝してもしきれないな。
兄貴にも迷惑かけてばっかりだったな。
もう迷惑もかけられないのか……
「じゃあ俺買ってくるんで」
「あ、じゃあこれもお願い♡」
「お金は後で返してください……」
*
買い物を終えて水族館を後にする。
当然荷物持ちは俺だ。
「別に重くないから私が持つよ」とは先輩の言葉。
でもそんなわけにもいかないので、荷物を強引に奪わせない形で、俺が持っている。
実際言うほど重くない。
「ひと袋持つよ?」
「大丈夫ですよ。先輩より重くないですし」
「かっちーん! 私より重くないってなに? 私のこと持ったこと無いくせに! ムカついたから、私の家まで運びなさい!」
どこでキレてんだよこの人。
冗談で言ったのに。
てか先輩のことなんて持てるわけ無いし。
先輩以前に女の人を抱き上げたことも無いし。
てなわけで、俺たちは電車に乗り込み、最寄り駅に着く頃には19時を回っていた。
あとは先輩の家まで、先輩と荷物を送り届けるだけ。
それで楽しかった1日は終わり。
そう思ってた。
でも先輩の次の言葉で楽しかった1日にスパイスが加えられることになった。
「そこの公園入ろっか? ちょっと話したいことあるから」
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