第19話
ささやかな日常の中に、先日新たな日常が追加された。
それは渥美を家まで送ること。
たった5分間の2人っきり。
21時になり、渥美を送っていくと悠に伝え、家を渥美と一緒に出る。
5分間黙って話すなんて俺たち2人ではありえない。
「今日……」
黙っていると渥美が声をかけてきた。
「お昼。一緒に食べてくれてありがとね」
なんだそんなことか。
「ま、淳二に誘われたら断れないしな」
「そだね」
なんだこの歯切れの悪い言い回し。
「それでね、なんか気分悪くさせちゃったみたいで、その、ごめん」
気分? あー、昔話のことか。
「いや、別に気分は悪くなってないよ。それよりもこっちこそ空気悪くさせてごめん」
嘘だ。気分は悪くなった。
ただその後海原に励まされたから、軽くなっただけ。
海原との会話が無かったら、今も酷い顔のままだろう。
「そんなこと無いよ。あの後も盛り上がってたし。あ、でもあっちゃんは楽しくなさそうだった。ノリが違うからかな?」
本当のところはその場にいなかったからわからない。ただ教室に戻った時の淳二と渥美は楽しい顔をしてなかった。
海原に指摘された俺の酷い顔を見たからかもしれないけど。
海原に励まされた俺は良かったけど、2人はどうなったんだろう。
「あ、言い忘れてた!」
何か思い出したように渥美は言った。
「ね、今週の土曜日空いてる? 空いてるよね? どうせ暇だもんね。私ね、午後の部活が休みになったんだよね。それであっちゃんの歓迎会をしようと思ってるんだけど、良いよね?」
凄い捲し立てるな。
どうせ暇とか酷い。
こっちの都合も考えろ、自分が言いたいことばっかり言いやがって。
まぁ暇……ん? 今週の土曜日?
何かあった気が。
「あーーーー!!!!」
「え? なに急に……」
渥美はちょっとビビってる。
「あ、ごめんびっくりさせたな。悪い」
「いや、別に良いけど。それよりなに急に大声出して、近所迷惑」
「悪い悪い。それより今週の土曜日空いてない」
「……え?」
「バイト先の先輩が退職するからって退職祝いに遊び行こって言われてさ。だから予定あった」
渥美はすごく悲しそうな顔をした。
「そっか。それじゃあ仕方ないね。悠ちゃんと3人で遊ぶかー」
「ごめん。また時間が合ったら一緒に遊ぼう」
「うんわかった。2人には言っとく」
渥美の悲しそうな顔は晴れなかった。
*
家に帰り、風呂に入る。
また思い出してしまった。
土曜日のデートどうしよう。
先輩がデートと言ったために、変に意識してしまい、海原が先輩は俺の事を好きだと言ったために、2重に意識してしまう。
本当にどうしよう。
もうダメだわからん。
ということで風呂上がり、悠の部屋に来ていた。
「こんな時間に悪い悠」
「大丈夫だよ。でなに?」
「うん。悠が俺と遊びに行くとして、どこ行きたい?」
「え? 信兄? そーだなー……」
しばし考えた後。
「陸上競技場で一緒に走りたいかな」
「え?」
「なんだったらあーちゃんと、それからあっちゃんとも一緒に走りたい!」
「そんなのでいいのか? どこかショッピングしたいとか、なんか買ってほしいとか無いのか?」
「ううん、今は要らない。それより一緒に走りたい!」
この子天使かな?
お兄ちゃんときめいちゃったぞ!
いらない、いらない、きもい、きもい。
兄貴が妹にときめくとかないわ。きもい。
「てかなんでそんなこと聞くの? もしかして私と遊びたいの?」
「いや、違う」
「違うんかい!」
いいツッコミだ。
「それで結局なに? 宿題やりたいんだけど」
「ごめんごめん。それで、この話は渥美に黙っといてくれると助かるんだけど、明後日の土曜日、バイト先の先輩と遊びに行くんだ。退職祝いに連れてけって。それでどこ行ったら良いかずっと悩んでて……」
「男の人? 女の人?」
「お、女の人」
「ほーん」
なにその意味深な「ほーん」は。
品定めするような目で見ないで。
「それはあーちゃんには言えないねー」
「だ、だろ? だから黙っといてくれると助かる」
「あー、最近気になってるスパイクあるんだよね〜」
くっ!
天使と思ってたのに、その実、悪魔の類であったか……
さっきまで天使と思ってた俺を殴りたい。
「ああ、わかった。買ってやる」
「ありがとーお兄ちゃんー」
「そんな棒読みで言われても……」
物で揺すりやがって……
でも渥美にバレるのはダメだから仕方ない。
「それで、デートどこ行くかまだ決まってないんだ。
それで、その先輩は私をデートに連れてって♡ って感じなんだ」
「デートって訳じゃ……ただ端的に言うとそうだ。だから相談に乗って欲しいんだけど」
「おもしろそう……」
「ん? 今なんか言った?」
「え? なんにも言ってないよ?」
小声でボソッって何か言った気がするけど……
「仕方ない。彼女が1度もできたことの無い信兄の為だ。一肌脱ぎますか!」
「彼女居たことないは余計だ」
「事実でしょ?」
「事実だが……てか悠は彼氏とか居たことあんの? てか居んの?」
「は? 居るわけないし。恋人は高跳びのバーだし」
「堂々と言えるお前が羨ましい」
悠も悠で色々こじらせてんな。
てか恋人居たことない悠にこの相談はアリだったのか?
「知ってるでしょ? 私も優兄もひとつのことに集中したらそれ以外できないこと」
「いや、まぁそうだけど。いいや。なんにしろ協力してくれるならありがたい」
「いいっていいって。それより最近、スパイクのピンがすり減ってきたんだよね」
なんだと?
まだ揺するのか、この悪魔め……
「さっきスパイクねだったばっかりだろ?まだ搾り取るきか」
「さっきのは口止め料。これは相談料。嫌なら自分で考えれば?」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
仕方ない。
スパイクのピンなんぞ、バイトをしている俺からすれば安い物だ。スパイクは高いけど……口止め料なら仕方ない。
「わかったよ。今度の休み買いに行こう」
「さすがお兄ちゃん! 私も本気で相談乗っちゃうよ〜」
はぁ。
*
「それで信兄はどこに連れていこうとしてるの?」
「あ、ああ。いくつか考えたんだけど、まずエーオンモールでショッピングとか、あと映画とか見る」
「ま、無難だね」
そりゃ無難なやつ選んだからな。
「2つ目はボウリングとか、先輩は元バスケ部だったから、そういう体動かす系」
「体動かすことは好きなの?」
「多分。たまにそういう会話になるし」
「ふーん」
なんだその気のない返事。
「それで3つ目は、趣味が合うかわからないけど、漫画喫茶」
「はいドボン! いきなり2人の密室空間? 私なら無理。身の危険を感じる。
それに趣味が合うかわからない博打辞めといた方が良いって」
なるほどそういう視点があったか。
「わかった。3つ目は無しだな」
「私なら無しだね。相手次第だけど」
「じゃああと2つのうちどっちか?」
「うーん、ピンと来ない」
結局2人で1時間程あーでもないこーでもないと言い合いの末……
「ま、これがいいんじゃない? 初デートなら」
「そうか。ならこれのしよう」
「lime送っときなよ」
「分かってるって。今送る」
中村先輩は……あった。
“先輩。明後日の土曜日のことですけど、白波駅前に10時で大丈夫ですか?”
すると直ぐ既読だついた。そしてメッセージが送られてきた。
“大丈夫だよ(o´▽`o)ノ
その時間に白波駅前ね!
楽しみ(*・ω・*)wkwk”
“こちらこそ楽しみです! 当日はよろしくお願いします!”
ちょっと硬かったかな? と思いつつもメッセージを送った。
そして悠の方を向き、
「ありがとな悠。第一段階は突破できたよ」
「いいってこと。私もスパイク新調できるし」
悪魔との契約を忘れていた。
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