第10話

 そういや今日はバイトの日だったなということを思い出す。

 そして時間を携帯で確認する。

 16:32?

 やばい……

 遅刻する可能性がある……

 バイト先は近くて5分くらいで行けるとしても、淳二をどうにかしないと。

 そんな時淳二は俺の状態を悟ったのか、ひと言声をかけてきた。


「どうしたん? 」

「いや、今日バイトでさ、もうすぐ時間なんだよ」

「なんやそんな事か。なら俺すぐ帰るわ」


 意外とあっさりだった。

 ぶっちして俺と話せとまで言われたかもしれないと思った俺は少し反省した。

 そう言って家の前まで見送る。


「ごめんな。また昔話でもなんでも話そう」

「しーちゃんがそんな事言ってくれるなんて夢にも思わんかったわ」


 何故だ?

 俺はそこまで酷い人間に見えたのか?


「あ、ちゃうちゃう。あんまり楽しそうやなかったからな」

「いや、そんな事無いよ。楽しかったよ」

「それはよかったわ! ほなまたな」

「おう、またな」


 そして家に入ろうとした所で


「ちょい待って! 」


 淳二に呼び止められた。


「ちょい、lime交換しよ? 」


 limeとはメッセージアプリのことである。

 そう言えばまだしてなかったなと思った。

 俺は二つ返事でlimeを交換した。


「ありがとう! じゃあな! 」


 そして淳二とは玄関で別れた。

 楽しそうじゃなかった、か。

 まあ嘘をついたから、ちょっと辛かった。

 ただ純粋に昔話は楽しかった。

 さて感傷に浸るのもほどほどにしてバイトの準備しないと。

 言っても着替えるだけだが。

 まだ夜は少し肌寒いので上着を来ていくことにした。

 黒の綿パンに白のTシャツ、靴は黒のスニーカーで、紺のパーカーを羽織る。

 まあバイト先では制服を着るから下以外はなんでもいいんだけどね。

 時計を確認したところ16:47。

 あぁ結構やばいな。

 仕方なく愛車であるチャリンコを飛ばす。

 5分後、バイト先のコンビニに着いた。

 5分前にはちゃんと着けたのでまあ良かった。

 裏の事務所へ足を運ぶとオーナーが居た。

 オーナーに向かって“おはようございます”と挨拶をするとオーナーからも挨拶が返ってくる。

 そして今日どのようなことをしなくてはいけないのかを聞いているともう1人のバイトの人が来た。

 俺はおはようございますと挨拶し、相手も返してくれる。

 この同じ時間に入っているのは、歳がひとつ上の女の先輩。

 この辺じゃ進学校である南高校に通って、名前は中村京なかむらけい

 同じ中学というのもあり、すぐに仲良くなったが、如何せん中村先輩は中学では知らない人はいないと言うほどの美人であった。

 大きな黒目、それをさらに大きく見せる長い睫毛、すらっと通った鼻筋、ふっくらとした唇、どれをとっても美人の要素である。

 中学では頭も良く、スポーツも万能で、女子バスケ部で地方大会まで行けたのはこの人のおかげだと言われるくらいの人。

 高校では部活はやっていないとのことで、中学当時はショートだったが、今では黒のロングで、バイト時はひとつ括り、所謂ポニーテールである。それがまた絵になる。

 中学の時の噂では毎日告白されていたとか、でもその度に振っていたとか、告白された人数は3年間で300超えるとか物凄い噂が流れていた。

 ちなみに俺はこの人には告白していない。存在は知っていたし、何度か見かけて綺麗な人だなとは思ったが、好きという感情は無かった。

 中村先輩も俺の事知らなかったみたいだし(てか部活以外の下級生を知ってたら怖い)、おあいこってことなのかな? (絶対違う)

 とりあえず今は楽しく話せてるし、いい人だと思ってる。

 ただちょっとだけ勘弁して欲しいのは男の人が、中村先輩のレジに並ぶこと。

 それ自体はいいのだが、俺がこっちに呼ぶと、あからさまに嫌な顔をしながら俺のレジに来るのだ。

 なんだよ、俺はなにも悪くない。

 業務を全うしているだけだ。

 という風に中村先輩には色々とお話が尽きないくらい美人なのだ。


 俺が入っているシフトは17:00~22:00。

 20:00付近になるまではうちの店は何かとお客さんが多く忙しい。

 そんな中オーナーは直ぐに帰る。

 ただクレーム以外はほとんど対処できるのでさほど困らない。

 先輩はバイトを初めてもうすぐ2年になるらしい。

 俺は9ヶ月くらいかな?

 初めは色々苦労したけど、今ではだいぶ慣れた。

 ちなみに俺は週3でバイトに入っている。

 基本水、金、日だ。

 今日は水曜日。

 さて、20:00も回り、落ち着いてきたので、俺は先輩に話しかける。


「先輩って南高ですけど、受験とかはするんですか? 」


 先輩は目を合わせて話してくる。

 礼儀が良いなと思うのと同時に、そんな目で見つめられたら恋に落ちちゃう! と思ってしまう。実際落ちないけど。


「うん、受験はするつもり。一応国立の文学部か経済学部目指してるよ」

「やっぱり頭いいんですね」


 褒めると先輩は少し恥ずかしそうに返答してきた。


「別に、そんなことないよ」


 俺は間髪入れずに質問する。


「でもそれならバイトしてていいんですか? 」

「うん、良くないよね」


 笑いながら誤魔化す先輩、綺麗です。


「だから来月の中頃で辞めるよ。もうオーナーには言ったし。及川くん1人になって寂しいかもだけど頑張ってね! 」


 おうふ……その笑顔反則です。

 てか……


「まあそんな気はしてましたよ。少し寂しくなりますけど頑張ります! 」

「ありがとう。ねぇ、及川くん」


 なんだこの今まで見たことない雰囲気は。


「なんですか? 改まって」

「さっき寂しいって言ったよね? 」


 少し小悪魔じみているその笑顔が、怖かった。

 それでも怖いものを見たいという気持ちもあった。


「言いましたよ。そりゃあここまで仲良くなれましたから」

「ならさぁ」


 舌をペロって出したよ今! ねぇ! 出したよ!


「退職祝いにどっか連れてって! 」

「はぁ? 」


 思考回路が停止した。

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