二章第2話

「フェリックス様、まもなくサーラ様がご到着されます」

「分かった。ありがとう」


 軽やかなノック音から一拍置いて図書室へ入ってきたジーナの言葉に私は笑みを浮かべて礼を返すと読んでいた本を閉じ、机の上に置いていたミニブーケの花々の間に手紙を挟み、そしてリボンの掛けられた掌二つくらいの大きさのレース袋を持つと窓へと目をやった。

 窓から見える景色はどこか愁いを帯び、木々は葉を落とし、空にはところどころ灰色の雲が風に流れている。


 もうすぐこの国に冬がやって来る今日はこの国の第一王子アルゲンタムの生誕日。

 私は当然ながら家でお留守番。毎年私は出席できない代わりにセバスチャンへ手紙と贈り物を託していた。そして、私が外出できなくなった日からサーラは何かとグリーウォルフ家に訪れてくれている。何かパーティーへ参加する時はサーラがわざわざ一度我が家へやって来てセバスチャンと一緒の馬車で出掛け、そして帰りはセバスチャンがマリベデス家まで送り届けるというのが通常運転になっていた。


 エントランスへ行くと、もうすでにサーラは着いていて両親とセバスチャン、そしてサーラのお供の従者が居た。


「フェリックス様!」


 私の姿を見つけると、パッとサーラの輝くような笑顔が向けられる。艶やかな長い黒髪と黒髪に編み込まれたシルクの薄水色のリボンを揺らし、白い頬を薄桃色に染めたサーラの可愛さは本当に天使のようで抱きしめて頬擦りしたい衝動を毎回グッと堪えるのが大変だ。


「ご機嫌よう、サーラ。今日のドレスもとてもよく似合っていて可愛いね。セバスチャンとお揃いで作ったって聞いたよ。二人ともほんっっとお似合いだよ!」

「ありがとうございます、フェリックス様」

「えへへ」


 照れたように笑うサーラとセバスチャン。今日の二人の装いはサーラが薄水色と白を基調にしたドレスで裾に銀の刺繍糸で小花のモチーフが刺繍されたもので、セバスチャンは所々薄水色が差し色でデザインされた明るいグレーのジャケットスーツに白いスカーフ。スカーフ留には薄水色の天然石のピンを使っている。

 並んで立つ二人は本当に美少年美少女のお似合いのカップルできっと会場でも人目引きまくりなのは確実だろう。


 そんな二人の姿を会場で見る事が出来ないのは少し残念だな、と思いながら私は目を細めた。

 10歳になった彼らは数ヶ月前に婚約式を執り行い、正式に将来を約束した仲となった事でまた別の意味でもセバスチャンとサーラの二人は今注目を集めているようだったが、今の所は彼らが嫌な思いはしてないようで一先ず安心している。

 

「はい、じゃあ預かるよ兄さん」

「うん。アルによろしくね」


 両手を差し出したセバスチャンにアルゲンタムへの贈り物を渡す。


「綺麗なバラですね」

「ありがとう。サシャとライアンのお陰だよ」


 サーラに微笑み私はミニブーケのバラに目を落とす。

 この日の為にライアン親子に温室でバラを育ててもらい、自分でトゲをカットしラッピングしたのだ。やっぱりライアン親子の育てる花たちはとても元気で綺麗だ。


「フェリックス様もご一緒に行く事が出来れば良いですのに」


 ぽつり、と呟いたサーラに私は困ったように笑んだ。


「そうだね。そのうちまたみんなで集まったり遊んだりできるようになるよ、きっと」

「そう、ですよね」


 少ししんみりとした空気に私は努めて明るい声を出しながら、サーラとセバスチャンの肩に優しく手を添えた。


「さぁ、そろそろ出かけないと遅刻してしまうよ。サーラ、明日もし暇だったらお茶をしに来てくれないかな? 今日の事を聞かせてくれる?」

「はい! もちろんですわ!」

「やった! じゃあさ、明日は兄さんのチーズケーキが食べたいな」

「はははっ良いよ」

「まぁ! 楽しみですわ」

「あら、私も食べたいわぁ」


 にこやかな笑みを浮かべながら言った母上に私は笑う。


「みんなの分も多めに作りますね」

「楽しみにしてるわ」


 和やかな雰囲気の中、馬車に乗って手を振るセバスチャンとサーラを見送り、私は早速リクエストのチーズケーキ作りに取り掛かる為に厨房へと向かった。

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