第二章〜成長と変化の少年期

二章第1話

 あのアルゲンタム殿下暗殺未遂事件の日から三年。

 あの日から穏やかで無邪気だった生活は変わってしまった。幸いな事にあの時の怪我はレニーとアルゲンタム二人とも軽傷で済んだ。レニーは男への体当たりと床に転んだ時の軽い打撲と左手首の捻挫。アルゲンタムは左頬に軽い火傷と数カ所に軽い裂傷で済み、皆安堵に胸を撫で下ろした。


 王都の警備は強化され、毎年行われていたサーカスの巡業は王都内ではなく、王都の塀の外となり外から中へ入るのにはチェックが入る様になった。そして、男がはっきりと私へ向かって“ターゲット“を意図するような発言を残して消えた為、極秘裏にグリーウォルフ家周辺も警備対象となった。

 もちろんグリーウォルフ家でも独自に警備体制の見直しと強化を図ることになり、私は病床に伏していた頃と似たような生活、つまり不要な外出禁止令が出された。


 しかしながら特別必ず外に出なければならない理由もなければ、案外家の中であらゆる事が事足りている為に不自由することは少なかったが、極端に会う人間の数が減った。

 国王は今回の事について、男が得た私についての情報は私の顔とアルゲンタムの友人であるだろうという予測だけであり、詳しい名前などは知らないはずだと判断した。現に、殿下たちと仲良くなってまだ一ヶ月も経っていなかった時期であり、王宮内部でも私の存在を知らない者の方が多かった。

 唯一の懸念としては当時アルゲンタムがプライベートでお茶会を開いた事はちょっとした騒ぎとなり招待客の詮索が水面下であったようだが、地味で今まで目立つ事もなかった男爵家の息子がその“招待客”だとは皆まさか、と思い候補にも上がらなかったらしい。


 つまり、私が王家及び王室関係者と接触をしなければ男が私へと繋がる線は限りなくゼロになる。それに元々病弱で社交にも顔をあまり出していなかった過去が“グリーウォルフ家の長男は床から出られない病弱嫡男”と貴族たちの中には定着しており、私が社交界に顔を出さない事は何も不思議ではなかった為、自然な流れでの外出禁止令なのである。


 しかしながら相変わらず、家での勉強やレッスンは行われたし、ダンテ教官のトレーニングは少し内容を変えて、護身の意味も含んだ内容で続いていた。そのお陰で、特に退屈する訳でも卑屈になる訳でもなく、普通に今まで生活できている。


 そうそう、ダンテ教官の身体トレーニングで変わったことが一つある。


「さぁ、諸君! 今日も元気にトレーニングだ!」

「おう!」


 晴れ渡る空の眩しさに負けないビッグスマイルと溌剌としたダンテの声に負けない気合いの入った返事をするジャック。

 私たちの身体トレーニングにジャックが参加する様になったのだ。


 あの日の出来事が相当悔しかったらしいジャックはそれから我が家で行われるトレーニングには必ず参加し、私、セバスチャン、ライアンそしてジャックという顔ぶれが当たり前になっていた。


 それにしても三年という月日は大人にとってはともすれば何の代わり映えもなくあっという間に過ぎてしまうが、子供たちは日々目を見張るほど面白いぐらいに成長していった。

 10歳になったセバスチャンは背が伸び、顔立ちも少しお兄さんになり、まだまだあどけなさは残っているが、可愛さの中に“美“が宿り始めているような気がする。

 ジャックと私は12歳になり二人とも頭二つ分くらいは背が伸びたんじゃないかと思う。ジャックは快活な少年らしさはそのままに瞳に勇敢な輝きを宿した美少年になっているが、対照的に私は随分と父上の容姿に近づいて来た。顔立ち、肩幅、足や手の大きさなど目に見えて毎日変わっていくのが分かる。その分、成長痛がツラい。だが、多分、このフェリックスの体の成長はまだまだ止まらないだろう。


(子供って、すごいなぁ)


 忘れていた成長痛の足全体がズクズクと疼くような感覚と共にぼんやりと考えていた私の耳に、こちらへやって来る軽快に走る音が聞こえてきた。


「間に合った!」


 走って中庭へ現れたライアンは褐色の艶やかな肌に一筋流れた汗を手の甲で拭う。スッと通った鼻梁。少し鋭さのある目。クセのある赤毛を頭の後ろで一つに結んだ美少年へと成長したライアンは今年から執事と侍女を育成する為の学校へ通い始めた。今も学校指定の制服を着ているが、それがとても似合っている。


「おぉ、間に合ったか、ライアン」


  ダンテの言葉にライアンはカバンとジャケットを邪魔にならないところへ置くと、ネクタイを緩めシャツの袖を捲りながら私の隣に立った。


「今日は早かったんじゃない?」

「ほんとはもうちょっと早く帰れたんだけどな。なんか同じ教室の奴に捕まってさ」


 少し私より背の高いライアンを見ながら言うと、ライアンはやれやれと溜息を吐いた。


「あれか、また愛の告白か〜?」


 茶化す声音で言ったジャックにライアンは顔を顰める。


「ウルセェよ」

「ライアンってモテるんだよね〜」


 嫌そうにジャックへ吐き捨てたライアンを今度はセバスチャンが楽しそうに茶化す。

 15歳になったライアンは本当にイケメン美少年になり、彼と顔を合わせる度に自然と顔がニヤけてしまうのはどうか勘弁してほしい。そんなイケメン美少年たち三人のやりとりをこんな間近で見られるのは至福の時間だ。


「さぁさぁ諸君! おしゃべりはそこまでにしてトレーニングを始めるぞ!!」

「はい!」


 ダンテの掛け声でまず入念なストレッチから始まり、軽いランニングに筋トレと続く。流石に三年も続けていると私の体も随分と鍛えられ、ランニングも筋トレも皆に遅れを取る事はなくなった。


 それから変わったことはもう一つ。


 アルゲンタムとアウルムに会う事が無くなった為、二人と手紙のやり取りをするようになった事。ジャックやレニーは相変わらず城へ遊びに行っているようなので、ジャックが家に来る日に書いた手紙を彼に託すようになった。この数年、ジャックは嫌な顔一つせず、快く手紙の配達人をしてくれている。

 私からの手紙は何気ない風景の変化や勉強で学んだ事、やった事やあった事それから殿下たちの手紙への返事などをしたためた。アウルムからは季節の様子や生活で気づいた事、楽しい事嬉しい事など感情豊かな手紙だが、アルゲンタムの手紙はまるで報告書か日誌なのかと思うほど事務的な物。でも、それすらも彼らの性格を表していて毎回受け取る度に私は微笑ましく思っていた。


 季節が変わり、生活が変わり、私たちの体格が変わってゆく毎に世間から私ーフェリックス・グリーウォルフの存在は影のようになっていた。

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