第38話
「サーカスがきたぞ!」
ソース販売に向けての準備も着々と整って来たとある午後。前と同じく突然やって来たジャックは満面の笑顔でそう言った。
突撃お宅訪問は構わないが、今回もアルゲンタム殿下付き。また無断外出じゃないだろうね? しかも前より人数増えてるんですけど…………
「急に来てしまってゴメンね。ジャックが行こうと言うものだから」
眉をハの字に下げながら微笑みを浮かべて言うレニー。その少し後ろにブランシュとアウルム殿下の姿も。
「ふぅん。ずいぶんと地味なお屋敷ね」
「そんな事ないと思うよ。落ち着いていて僕は好きだな」
「アウルム様がそうおっしゃるのでしたら」
語尾にハートマークが付いていそうなほど、コロっと声音を変えてアウルムにとびきりの笑顔を向けるブランシュに、何歳でも女の子って女なんだなぁ、と妙に感心してしまう。
いや、そんなことより…………
「ジャック?」
「なんだっ! サーカス行くかっ? 楽しいぞ~!」
ワクワクと目を輝かせているジャックに水を差すようで心苦しいが、一応一言言っておくべきかと思い、私は申し訳なさそうに口を開いた。
「えっと、遊びに来てくれるのは嬉しいんだけど、出来れば前もって連絡してくれると嬉しいなぁって。ほら、色々準備とか、ね!」
「えー? だって俺たち友だちじゃん!」
「いや、そうなんだけどさ…………せめて早馬くらいは。それに」
「そんな事より!」
あ。話ぶったぎられた。
「サーカスが来たんだよ! 今年もサーカスがっ!!」
ビシっと指差して、うぉぉーと雄叫びを上げるジャック。
「すごく、興奮してるね…………そんなに面白いの?」
「なっ! ま、まさか、フェリックス…………おまえ、まさかっサーカス見たこと無いのか!?」
「うん」
顔一杯に驚愕の表情を浮かべるジャックに頷くと、大袈裟によろりとたたらを踏んだ。
「兄さん、病気がちだからあんまり外に出たことないもんね」
私の腰に腕を回し、引っ付き虫のセバスチャンが私の顔を見ながら言った言葉に皆の顔に少し驚きの色が滲む。
「そうなんですの? 全然そうは見えませんわ」
「今は随分良くなっているんだよ。前までは、ちょっとね」
苦笑を浮かべてブランシュに言った私に、セバスチャンの声が重なる。
「だって、この前死にかけたもんね、兄さん」
「ええっ!?」
「こ、こらっセバスチャン!」
死にかけたのは事実だけど、もうちょっとオブラートに包んでほしいぞ弟よ。今度は確実に驚きの表情を見せる皆に慌てて手を振る。
「もう何ともないですよ。ほんと」
「ほんとですか? 無理してないです?」
心配そうに聞いてくるレニーに笑顔で何度も頷いてみせる。
「えぇ、大丈夫です。この通り!」
「でも、そういう事ならあまり長居するのも悪いかな」
「いえいえ! もう元気になりましたから!」
アウルムまで気を使ってくれて有難いが恥ずかしい。ほんと、もう病弱フェリックスくんはいないのです。アルゲンタムもジーっと私の顔に穴が開くんじゃないかってくらい見てくるし。まったくもう、セバスチャンったら。
「そうかぁ。それでサーカス見たことないのかぁ」
腕組みし、神妙な感じで唸っていたジャックは私の肩に手を置き、ニカっと白い歯を光らせながらとても良い笑顔を見せた。
「んじゃ、サーカス行こうぜ」
「…………どんだけ行きたいのさ、キミ」
「今すぐ行きたい。毎日でも良い!」
ぶれないジャックに少し呆れ顔をして見せるが、胸を張って言われてしまって笑ってしまった。
「ふふっ! 分かったよ。行こう、サーカス」
「やった! じゃ、いつ行く?」
嬉しそうに私の肩に腕を回したジャック。
私たちはサロンへ移動しお茶を飲みながら、みんなでサーカスに行く計画を立てるのだった。
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