第10話 妹と幼馴染と遊ぶ話し
次の日。虎の体調も完全に回復し、前日までのギクシャクが嘘の様に雛とも打ち解ける事ができた。
そして今日何をするかと言えば。
「遊ぼう!」
遊ぶのである。昨日は体調不良でつぶれたため、小雪は不完全燃焼だ。
完全に回復したし、雛も今日で帰るという事もありパーっと遊ぶ事にした。
「……ここ来たのも久しぶりだな」
「虎はなかなか来ないよね」
「金がないからな」
やって来たのはショッピングモール。ここらで一番大きく、虎家からはバスを使ってここまで来た。
そして虎にとってはいつぶりか首をかしげるほどだ。ここで物を買うよりもっと安い所を知っているし、ここにあるのは金のかかる遊びばかりだ。なので久しぶりのショッピングモールに少しわくわくしているのは内緒。
ここらで一番大きいだけあり、人が多い。まだ夏休みという事で平日であろうと人がいた。
そんな中を、小雪と雛は手を繋いで歩いていた。美少女二人の組み合わせという事で目を引くが、そこは虎が一歩下がって持ち前の顔で威嚇する。立派に虫よけを果たし、絡まれる事もなく買い物ができた。
「……うん。可愛いよ雛ちゃん」
「そう、ですか?」
やってきたのは服屋。おしゃれな空間だ。
小雪と雛には合うが、虎は場違いな場所。そこで小雪は雛を思う存分着せ替え人形にする。
「へへ。お兄ちゃん、どうかな?」
「ん、……」
シンプルな黒いワンピース。可愛らしい雛には良く似合う。
雛が可愛いんだという事をよく理解できた。半分であろうと血がつながっているはずなのにどこで間違えたのかと首をかしげるほどだ。
「ああ。可愛い」
「ほんとですか?」
「間違いねえよ。俺が保障する」
「良かった~」
嬉しそうな雛。昨日からやっと見せてくれた笑顔は、やはり可愛さを引き立てる。笑顔が最高の化粧だというのは間違いない。
その後も着せ替え人形である。とっかえひっかえ色々着せては見せてくる。そのたびにどこがどう可愛いのか二十五文字以上で回答しないといけないのがちょっと辟易するが、目の保養にはなる。
「は~。雛ちゃん可愛いなぁ。私も妹が欲しかった」
「今から頼めばどうだ?」
「う~ん。今からもね。私には雛ちゃんがいるからいいや」
「雛は俺の妹だぞ」
「へ~。ふ~ん……仲良くなったんだね」
「まあな」
小雪から見ても、当初の空気がなくなり二人は仲良くなったと一目でわかる。
元々雛は怖がっていただけで、虎は逆恨みだったので実はそんな拗れた関係ではなかった。ちょっとの切っ掛けで仲良くなれる程度だ。
「虎の妹でもさ。合法的に私の妹にしちゃう手があったりするんだけどね」
「……どういう事だ?」
「ん~。秘密!」
それ以上言うつもりはないらしい。虎もそんな手はないだろうとそれ以上聞くつもりはなかった。
それからちょっと沈黙が訪れる。試着室で着替える雛を待ち、ふと隣の小雪を見た。
「お前は、試着しないのか?」
「なんで?」
「そりゃ……あれだ」
「ん~? なにかなぁ?」
言葉につまる虎に、側面からにやにやと笑みを浮かべて追い詰める小雪。
「虎は、私のファッションショーが見たいの?」
「ち、違う」
「ほんとかなぁ?」
いじわる小雪が久しぶりに顔を見せた。
そして小雪の言う通りなのがタチが悪い。虎のポロっとでた一言は、可愛い小雪が見たいという潜在意識からの言葉だ。
「ん~? 正直になっちゃいなよ」
上目遣いでにやにやとみてくる。
距離もぐっと近づき、吐息がしっかりと聞こえてくる。ふわっと香る甘い色香に惑わされそうになった。
小雪の手のひらが虎の胸板にそっと置かれる。そんな状態で言われた事にはもうYES以外ない気がする。もう正直になるべきな気もする。
虎の頭はグルグルと変になる。
「あの、着替え終わりました」
「あ、雛ちゃん! ……雛ちゃんに免じて許してあげるよ」
最後に耳元でささやき、ウインクした小雪。もう虎はノックアウトである。『お、おう』と言うのが精いっぱいだった。小雪には勝てる気がしない。
その後は小雪達はもう満足したのか、気に入った服を買って店を出た。
荷物はさっと虎が持つ。そして三人でぶらぶらとした。
小雪と雛はやはり仲がいい。こうあっという間に誰とでも仲良くなれるのは小雪の長所でありマネできない箇所だ。
その後はぶらぶらとウィンドウショッピング。小雪と雛はきゃーきゃー言っていろいろ見ている。虎も調理器具やレシピ本にきゃーきゃー言った。
そんなこんなで時刻はお昼。もう見たいものは見終えたらしい。
「お腹すいたね」
「だな。何か、食べるか」
「賛成!」
近くにあるフードコートへ行くことにする。
結構広いが、お昼時とあって込み合っている。だが偶然にも三人座れたのはラッキーだった。
「目移りしちゃうね」
「俺は決まり。小雪はどうすんだ?」
「んー。たこ焼き!」
「好きだな」
なんだかんだ好きらしい。たこ焼き機を買った後も何度かせがまれて作っている。長く付き合ってきたが、たこ焼きが好きであるというのは最近知った事だ。
「虎はカレー?」
「よく分かるな」
「好きでしょ」
「まあな」
他に比べて比較的好きという程度であるが、小雪にはあっという間に見抜かれた。
それぞれ分かれて買う。雛は任せると言っていたので、小雪が同じたこ焼きを買っていた。たこ焼きを嫌いな人はいないらしい。
席の番人をしていた雛の元に戻る。
虎と小雪が並んで座り、その対面に雛が座った。
歩き回ったためか、お腹がぺこぺこな三人組はいただきますと言うとさっそく食べる。
「ん~。美味しい」
「だな」
カレーとは簡単かつ美味いという事で虎も良く作る。だが時には別のカレーを食べるのもオツなものだ。
カツを乗せるのも考えたが、高いのでやめた。
「虎、はい」
「おい」
たこ焼きを半分ほど食べた小雪は、今まで自分が使っていた楊枝にたこ焼きを刺すと差し出してくる。
それは間接キスになってしまうと言いたいが小雪の気迫が有無を言わせない。
「あ~ん!」
「はぁ」
もう考える事はやめた。間接キスぐらい幼馴染であるが故大した事ではない。
小雪の差し出してきたたこ焼きを一口で食べ、咀嚼する。
「美味しい?」
「そうだな」
「だよね。私は虎のたこ焼きが一番好きだけど」
「……嬉しい事、言ってくれるな」
えへへと小雪は笑った。
「さ、この世は等価交換だよ。虎は何を差し出してくれるのかな?」
「……分かってる」
小雪が何を要求しているのか、これまでの流れと長い付き合いから導き出す。
虎はスプーンにカレーをすくうと、小雪に差し出した。
「ほら」
「へへ、はむ」
パクっとスプーンに食いつくと、にへらと小雪は表情を崩す。
「美味しいね」
「ああ」
まるでバカップルである。そしてそれをジト目で見つめる者が一名。
対面に座る雛である。突然目の前でイチャつかれては食べる物も食べられない。しかも当人はイチャついているという意識はない。無意識だ。無意識でイチャイチャしていた。
「二人ってそう言うこ、恋人関係なんですか?」
「ただの……幼馴染だ」
「そうだよ」
こんな幼馴染居るかと心の中で吐き捨てる雛であった。
食事も終えれば、映画でも見ようかという話しになる。
雛は電車で帰る予定であるが、その時間までもう少しある。それをつぶすために映画はちょうどよかった。
何を見るかは雛が選んだが、虎たちに遠慮してか自分が好きなのかは分からないが恋愛映画を選択。
王道というベタベタな恋愛物であったが、それが高クオリティでまとまった良い作品だと評しておこう。
映画の感想を適度に言い合いながら、映画館を出た。
「……そろそろ電車に乗った方が良いんじゃない?」
「あ、そうですね」
映画を見終えれば良い感じの時間になる。今から電車に乗って帰れば、丁度良い時間に着くだろう。両親はもう帰っているらしく後は雛が帰るだけだ。
「……えっと。楽しかったです」
「うん。私も。妹ができたみたいだったよ」
「はい。……お姉ちゃん!」
「可愛い~!!!」
上目遣いで小雪に言うと、小雪が暴走する。その愛らしさに反射神経で抱きしめた。
雛は小雪の巨乳に埋もれ、うぐうぐと苦しそうにしている。それに小雪は気づかない。でれでれとして、よしよしする。
「はいはい。……行くぞ」
「うきゅぅ~」
「あ、ごめんね」
埋もれて窒息しそうになった雛。まったく小雪は学ばないものだ。
だが二度目となれば慣れるのか、すぐに回復した。
「さ、駅に行こうか」
「はい。……あの、お兄ちゃん」
小雪と手を繋いだ雛は、空いたもう片方の手を遠慮がちに差し出してくる。
「ん」
「……ありがとうございます」
雛の手は小さくて暖かかった。
数日前の虎に妹と手を繋いで歩くなど夢物語より質の悪いものだっただろう。
道中の事を虎はあまり覚えていない。
ただほんちょっと幸せだったような気がした。
「……じゃあお世話になりました」
「うん、……でも一人で帰れる? 私もついていこうか?」
「大丈夫です! 来るときも一人で来れました」
雛がそう言うが、小雪はそれでも心配する。
だが大丈夫だろう。一人で虎の家まで来れたのだ駅まで送れば後は楽勝だろう。
「……えっと。お兄ちゃん」
「なんだ?」
「またご飯食べたい」
「……いつでも来ればいい」
「うんっ」
それが雛にとっては一番嬉しい言葉だった。
頭を掻いて、テレた様にそっぽをむく虎。その様子を小雪は微笑ましく見守った。
「ばいばい」
「はいっ」
小雪とハイタッチする。そして雛は改札口にむかった。
そして最後に一度振り向く。微笑んで、それから姿を消した。
「あー。……行っちゃった」
「また会える。他県に住んでるわけでもあるまいし」
「だよね。もう私から会いに行こうかな」
「まあ良いんじゃねえの」
そう言いながら、二人は帰り道を歩いた。バス停までもう少しかかる。その帰り道はちょっと楽しい。
「仲良くなったね」
「ああ」
「お兄ちゃんってね。ふふ。……もう許してあげたの?」
許す。それは妹の事を言っているのだろうとは分かった。
「許すも何も。雛は何もしてない。俺の一方的な逆恨みだ」
母が消えたのは結局予定調和だったのかもしれない。
雛はちょっとした切っ掛けであり、母はいずれ消えていただろう。
最悪の父との子。その父に似てしまった虎の前からは。
「……んー。まあお母さんいなくてもさ、……私はいるよ」
「そうか。……」
いつまでだ。とは聞けなかった。
いつかは別れがくるだろう。それが運命というものだ。
だから期待はしない。一人で生きていく力を身に着ける。そういう心を育てる。そう決めている。
「ん」
「おい」
すると当然、小雪が腕に抱き着いてくる。
「なにをっ」
「虎がどっか行っちゃいそうな雰囲気だったから。つなぎとめてる」
「……そうかい」
自然と腕を組んで歩く事になる。
二人はハタから見ればカップルにでも見えるのだろうか。恥ずかしさを覚えながらも、二人は歩いた。
この温もりがいつまで続くのだろうと、そう考えながら。
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