687話 レインと共に宿屋へ戻る

「ふう……。騎士団との鍛錬は有意義だったな……」


 俺はそう呟きながら、王都での滞在先である高級宿に向かっていた。

 鍛錬の内容は基礎体力作りや、素振り、模擬戦などだ。

 中隊長レティシアや小隊長三人衆などはなかなかに強く、俺も少し学ぶところがあった。


「特にナオミちゃんには期待できそうだ」


 見習い騎士のナオミは、実力としてはまだまだだ。

 しかし、俺に対する忠義度が高く、あっさりと加護(微)の条件を満たした。

 その戦闘能力は、急速に高まりつつある。


「お館様。私も頑張りました」


「ああ、そうだったな。レインもよくやったよ」


 俺は隣を歩くレインの頭を撫でてやる。

 彼女は俺の加護(小)の恩恵を受けていることもあり、侮りがたい戦闘能力を持つ。

 本職はメイドなのであまり戦闘には期待していなかったのだが、本人は意外にやる気だ。

 小隊長三人衆の一角を倒したのが自信になったのだろう。


「えへへ……」


 レインは幸せそうな顔で笑う。

 可愛い子犬のような印象を与える彼女は、非常に愛らしい容姿をしている。


「それにしても、蓮華とキリヤも頑張るよな。午後も引き続き騎士団の連中と鍛錬するってさ」


「はい。私も参加しようかと思いましたが、さすがに体力が続かないのでやめておきました。あのお二方は凄すぎます」


「だよなぁ。本当にあいつらはバケモノだぜ」


「いえ、もちろんお館様はそれ以上に規格外かと思いますが……」


 俺たちはそんな会話をしながら、高級宿に到着した。

 4階建ての宿であり、その最上階の全部屋をハイブリッジ騎士爵家の貸し切りにしてもらっている。


「よう。戻ったぞ」


「これは騎士爵様。お帰りなさいませ」


「お帰りなさいませ~」


 最上階の入り口で、メイドのオリビアとクルミナが迎えてくれる。

 王都に連れてきている者たちの中では、レインとこの2人がメイド勢のまとめ役となっている。


「あれ? ミティやアイリスたちは?」


「奥方様たちは、冒険者ギルドに向かわれました。騎士爵様が騎士団の訓練に参加されている間、自分たちも依頼を受けようと」


「なるほど。そうだったか」


 家族の時間を取ろうとして早めに切り上げたのだが、それが裏目に出たようだ。

 まあ、彼女たちの名を高めることも悪いことじゃない。

 ここはゆるりと帰りを待つことにするか。


「では、俺は自室でゆっくりしておくよ」


 この高級宿の最上階は丸ごとハイブリッジ騎士爵家が借り切っている。

 いくつかの部屋があるが、俺を始めとするミリオンズの面々はそれぞれ個室を割り当てた。

 メイドのオリビア、レイン、クルミナ。

 護衛夫妻のキリヤとヴィルナ。

 護衛コンビのネスターとシェリー。

 護衛冒険者の雪月花。

 このあたりは、それぞれのグループで一部屋だ。

 その他のメイド補佐や一般護衛兵は、それぞれ数人ごとに同部屋としている。

 また、メイド勢は赤ちゃんの面倒も補佐してくれている。

 ミカ、アイリーン、モコナ。

 3人共、順調に育ちつつある。

 今はスヤスヤと寝ているようだ。


「お館様。私もお供致します」


「レインも疲れているだろう? 無理しないでいいぞ」


「いえ。騎士団の訓練に引き続き参加するのは見送りましたが、メイドとしての仕事はこなしてみせます。やらせてください」


「そうか。わかった。では頼む」


「はい!」


 レインは嬉しそうに返事をする。

 俺は彼女と二人で部屋に戻った。

 外出用の服を脱ぎ、ラフな格好になる。


「お館様。お茶をお持ちしました」


「ああ、ありがとう」


「それでは、私は隅で控えておりますので」


「ん? いっしょに飲まないのか?」


「えっ!? あ、あの……その……」


 俺が引き留めると、レインは顔を赤くした。


「いや、せっかくだから少し話をしようと思ってな」


「そ、そういうことでしたら喜んで」


「まずは座ってくれ」


「はい」


 俺はソファに腰掛ける。

 その隣に、少し緊張気味のレインがちょこんと座った。


「レイン。今日も頑張っていたな」


「は、はい! お館様にそう言って頂けて嬉しいです」


「まさか騎士団の鍛錬に参加すると言い出すとは思ってなかったよ」


「それはその……私もお館様のメイドとして、少しでも力になりたいと思ったのです」


「そうか。そう思ってくれて俺は嬉しいよ」


「はい!」


 俺の言葉に、レインはとても幸せそうな笑顔を浮かべる。


「でも、無茶はするなよ。レインはメイドなんだからな」


「心得ています。お館様のお傍にいるために頑張るつもりですが、決して無理はしないと誓いましょう」


「ああ、それでいい」


 俺はレインの頭を撫でる。

 彼女はとても気持ち良さそうだ。


「最近は構ってあげられていなかったな。何かしたいことや欲しいものはあるか?」


 レインの立ち位置はかなり微妙なところだ。

 ミリオンズ構成員であるミティやアイリスたち9名よりは、申し訳ないが下の立場となる。

 一方で、加護(微)以下に留まる一般の配下の者たちよりは明確に上である。

 レインは加護(小)の対象者だし、俺の元で働き始めてからかなり長いからな。

 勤務歴だけで言えば、クルミナやセバスと並んでトップだ。

 キリヤや雪月花あたりよりも俺との付き合いは長い。

 その上、あまり大っぴらにはしていないが俺との肉体関係もある。


「えっと……」


 レインが考え込む。

 何でも言ってみてくれ。

 俺にできることなら、何でもしてあげようではないか。

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