686話 蒼穹のリーゼロッテ

 サリエが侯爵家の令嬢リリーナの傷跡を治療している頃……。

 リーゼロッテは、会場にいた。

 タカシを中心としてみんなそれなりに仲のいいミリオンズだが、常に行動をともにしているわけではない。

 彼女は彼女で、このパーティーで必要なことをしている。

 ……と言いたいところだが、残念ながらそうはいかなかった。


「……何という食いっぷり」


「あの体のどこに入っていくんだ……」


 貴族たちがそう呟く。

 彼らの視線の先には、パーティ料理をガツガツと食べる1人の女性がいた。

 リーゼロッテである。


「下品な女め。こちらの食事が不味くなる。黙らせて来い!」


「それはマズイです、子爵様。私たちは侯爵家に招待された身。下手に事を荒立てるのはまずいかと……」


 参加者たちの内の誰かが、リーゼロッテの食べっぷりに眉をひそめる。

 だが、そんなことは構わずに、リーゼロッテはどんどん料理を口に運んでいった。


「おかわりはまだですか!? なくなりそうですわ~!」


「い、今全力で作っておりますので……。リーゼロッテ様」


 リーゼロッテの言葉に侯爵家のメイドが慌てる。


「間に合えばよろしいのですけど……。ピザおかわりですわ~!」


 リーゼロッテがそう叫ぶ。

 招待されている身でこの態度。

 女性なのにこの大食らい。

 彼女は伯爵家の長女としてしっかりとした教育を受けていたが、生来の大らかな気質によりあまり細かいことは気にしないタイプだった。

 夫であるタカシがそんな彼女を否定せず、やりたいようにやらせているという事情もある。


「あぁ、美味しかったです。ごちそうさまですわ~」


「……お粗末様です」


 数分後、満足そうな表情をしたリーゼロッテを前に、メイドが空になった皿を下げる。

 そして、そのタイミングを見計らっていたかのように、サリエとリリーナが控え室から戻ってきた。

 彼女たち2人はとても幸せそうだ。


「何かあったのですか?」


 リーゼロッテがそう問う。


「ふふっ。サリエお姉様が、わたくしの傷跡を消し去ってくれましたの! 見てください、今ではまたこんなドレスを着れるようになりましたわ!」


 リリーナが嬉しそうにそう言う。

 彼女はサリエからの治療を受け、ドレスを着替えていた。

 胸元の露出が多い、ゴージャスでエレガントなドレスである。


「あ、あの……リリーナ様? 私の方が年齢も身分も下なのですが……。お姉様、というのは……」


「あら? でも、サリエお姉様はわたくしの恩人です。それに、卓越した治療魔法の腕をお持ちですし、お姉様として敬うのは当然のことでしょう? 年齢や身分など些末なことですわ」


「は、はあ……。そういうものでしょうか……」


 嫌味で高飛車なリリーナは苦手だったが、今のリリーナもこれはこれで少し苦手かもしれない。

 サリエは苦笑いする。


「サリエさんの治療魔法は素晴らしいですわよね。わたくしたち”ミリオンズ”、そしてハイブリッジ家に今や欠かせない存在ですわ~」


 リーゼロッテが嬉しそうに言った。

 そうして、サリエ、リーゼロッテ、リリーナの貴族令嬢3人は楽しく談笑する。

 その姿に、パーティ前のギスギスした空気はない。


「見ろ……。あそこの3人を……」


「おお……。なんと美しい光景だ」


「まるで絵画から抜け出てきた女神たちではないか」


「あの中に入り込める猛者がいるなら名乗り出てほしいものだ」


 貴族たちが遠巻きからそう呟く。

 この3人の美貌はずば抜けている。

 そこらの男では相手にもされないだろう。


「いやいや、俺が行くぜ」


「お前では無理だよ」


「なんだとう!?」


 無謀にも突撃しようとした若い貴族を、他の貴族が止める。


「(……おや? そう言えば、リリーナ嬢は例の件で傷を負ってしまったのではなかったかな……?)」


「(傷跡なんてどこにもない……。あれはデマだったのだろうか?)」


「(いや、彼女はずっと塞ぎ込んでいたと聞く。それに、つい先ほどまでは気丈に振る舞おうとするあまり、嫌味な雰囲気になってしまっていたぞ)」


「(もしかして、サリエ嬢が治療したのか? このわずかな離席時間で……。彼女は規格外の治療魔法の腕を持つと聞くぞ……)」


 貴族たちはそんな会話をしながら、リリーナたちの方を見る。

 そうこうしている内に、パーティのお開きの時間となった。


「本日のパーティ、楽しんでいただけただろうか? サザリアナ王国の平和を維持する仲間として、交友を深めることができたのであれば幸いだ。では、足元に気をつけて帰られよ。解散!」


 主催者の侯爵家当主がそう言ってパーティを締めくくる。

 そして、貴族たちはパーティ会場から外に出ようとする。

 その時だった。


「おや……。雨ですか」


「ああ。どうやら降ってきたようだね。タイミングが悪い」


「馬車はすぐそこなのだがな……。せっかくの正装が、少し濡れてしまいそうだ」


 小雨が降り始めたのだ。

 普段であればこれぐらいどうということはないのだが、今日はパーティ用の正装を着ている。

 このまま外に出れば、せっかくの正装が台無しになってしまうだろう。


「ふふ。では、わたくしにお任せくださいませ」


 リーゼロッテがそう言う。

 今日のパーティで彼女がしたことと言えば、食事と談笑だけだ。

 侯爵家令嬢であるリリーナとの交友は多少深められたとはいえ、これでは何のために来たのか分からない。


「リーゼロッテ殿?」


「何をされるおつもりか?」


「まあまあ、黙って見ていようではないか」


 貴族たちが興味深そうにリーゼロッテを見る。

 彼女が水魔法の詠唱を始める。


「慈しむ水の精霊よ。我が求めに応じ、雨雲を晴らさせ給え。『蒼穹の担い手-スカイブルー-』」


 リーゼロッテが魔法を発動させる。

 すると、彼女の周囲から青白い魔力が空に放たれ、上空の雨雲に吸い込まれていく。

 そして少しして、雨は上がった。


「……すごい」


「天候操作だと? こんなこともできるのか」


「さすがはラスターレイン伯爵家のご令嬢だ。いや、今はハイブリッジ騎士爵家の奥方だったか」


「お見事ですな」


「ふふっ。ありがとうございます」


 貴族たちから称賛の言葉を受けるリーゼロッテ。

 その表情は誇らしさで満ち溢れていた。


「ですが、いたずらに雨を止ませるのも問題ですので、効力は控えめにしております。雨が上がっている内にお帰りになった方がよろしいでしょう」


 リーゼロッテが笑顔で言う。


「うむ。ではお言葉に甘えて」


「助かりました、リーゼロッテ様」


「感謝申し上げます」


 リーゼロッテに促された貴族たちは、そう言いながら帰っていった。


「では、わたくしたちもこれで失礼致しましょう」


「はい。リーゼロッテさん、サリエお姉様。またいつでも遊びに来てくださいまし!」


「リリーナ様もお元気で。万が一、傷跡があったところに何か異変がありましたら、いつでも呼んでくださいね」


 リーゼロッテ、リリーナ、サリエは最後にそう挨拶をして、別れたのであった。

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