616話 宴会

 古代遺跡の中に来た。

 通路を塞ぐアダマンタイトの巨石への対処を考えているところだ。


「ブギー頭領とジョー副頭領の2人掛かりでもダメなんだな」


「ああ。見ての通り、俺たちが全力で力を入れてもビクともしねえ」


「この採掘場で働いているメンバーの中では、僭越ながら俺たちが最も力が強いのですが……。それで無理となると、専用の魔道具が必要かと考えています」


 2人がそう言う。


「そうだな。だが、その前に試しておきたいことがある」


 俺は、自分の身体に闘気を流す。

 そして、アダマンタイトの巨石の前に立つ。


「タカシお兄ちゃん?」


「タカシさん?」


 マリアとリーゼロッテが声を掛けてくる。

 索敵能力や魔法などにおいて高い能力を持つ彼女たちだが、腕力や闘気においてはそれほどでもない。

 ここは俺の頑張りどころだ。


「まあ見ていてくれ。……ふんっ!」


 少しだけ力を込め、アダマンタイトの巨石に触れる。

 ズシッとした感触。


「…………」


 そのままの状態で数秒が経過する。

 ……変化はない。

 ギアをもう一段階上げよう。


「ふうっ」


 俺は小さく息を吐くと、全力を込める。


「うおおおぉっ!!」


 ゴゴゴ……!


「なっ!? これは……」


「嘘でしょう……?」


 ブギー頭領とジョー副頭領が驚きの声を上げる。

 アダマンタイトの巨石が、数センチだけ動いたのだ。

 このまま完全に通路からどければ、問題なく通れるようになる。

 ……のだが、さすがにそれは無理だった。


「はあっ、はあ……。重いな、これは……!」


 俺は全身汗まみれになり、肩を大きく上下させる。


「タカシお兄ちゃん、すごい!」


「さすがですわね」


 マリアとリーゼロッテが称賛の言葉を口にしてくれる。


「ふっ。やるじゃねえか」


「さすがはハイブリッジ騎士爵様です」


「我が神なら当然のことだ!」


 護衛のキリヤとヴィルナ、それに『紅蓮の刃』のアランも声をかけてくる。


「まあ少し動いただけだがな……」


 今の俺の身体能力や闘気量では、これが限界だ。


「それでも十分すげえぜ。俺たちの力じゃ、動かすこともできなかったんだからな」


「その通りです。こんな巨岩を一人で動かせる方なんて、この国に数人しかいないのではないでしょうか」


 ブギー頭領とジョー副頭領が言う。

 この国に数人はさすがに大げさな気もする。

 しかし、あまり多くはいないことは確かだろうな。

 ミリオンズ内でも、俺よりも明確に力が強いのはミティだけだ。

 あとは、ニムが俺と互角か少し強いぐらいである。


「褒めてくれるのは嬉しいが、これ以上は無理だぞ」


 今の全力で闘気と体力を消耗してしまった。


「ふっ。なら、次は俺が挑戦してみるか」


「俺もいきますぜ!」


 キリヤとアランが名乗り出る。


「わかった。頼む」


「おう!」


「任せてください!」


 こうして、今度は2人の男が巨石に挑むことになった。


「キリヤくん! 頑張ってください!!」


 ヴィルナが声援を送る。

 彼女は不参加だ。

 兎獣人であり聴覚や脚力は一級品だが、腕力はさほどでもないからな。

 押す場所が限られているこの岩を動かすには、向いていない。

 無理に参加するよりは、少数精鋭で取り組んだ方がいいだろう。


「ぬおおぉっ!!」


「おりゃああぁっ!!」


 2人が全力で力を込める。

 しかし、やはり動かない。


「ぬぐぐぐぐっ!!」


「ぬぬぬぬぬっ!!」


 2人とも必死の形相で、さらに力を込める。

 ゴゴ……!


「おおっ! 少しだけ動いたぞ!」


 俺は思わず声を上げてしまう。

 距離にして、ほんの1センチ程度だろうか。

 わずかだが、確かに動いたように思える。


「はあ……はあ……。やったぜ!! ……と言っていいのか?」


「ぜえ、ぜえ……。しかし、2人がかりでこれか……」


 キリヤとアランが、額の汗を拭いながら言った。


「お疲れ。まあこれでも飲め」


 俺はアイテムボックスから飲み物を取り出し、2人に渡す。


「おお、サンキュー! 助かるぜ」


「ありがとうございます!」


 2人は水をごくりと飲む。


「ふう……。生き返った」


「美味い」


「しかし、これほどの重量だと力でどけるのは難しいな」


 俺は改めて巨石を見つめる。


「タカシの坊主の力には驚かされたが、さすがにこれ以上は無理か」


「やはり人力では限界がありますね。専用の魔道具を仕入れていただく必要があるかもしれません」


 ブギー頭領とジョー副頭領が言う。


「そうだな。手配しておこう。ま、それほど急がなくてもいいんだろう?」


 魔道技師のジェイネフェリアに依頼すれば、いい感じの魔道具を作ってくれるだろう。

 ただ、結構な出力が必要となるし、材料の仕入れや製作にも時間がかかるはずだ。


「ああ。この先に何があるか気になるが、本来の仕事の採掘や伐採作業には関係ねえからな」


「優先度は、領主であるタカシ殿の裁量範囲内となります」


 ブギー頭領とジョー副頭領がそう言う。

 この奥に何があるか気になるが、最優先というほどではないな。

 気長に取り組むことにしよう。


 ……ん?

 何も魔道具に頼らなくても、ミティなら何とかなるかもしれないな?

 しかし残念。

 彼女は妊娠中なので、こんな重労働はさせられない。

 そもそも、西の森の中を移動してもらうことすら少し怖い。

 少なくとも、出産して落ち着くまでは無理だ。


 その後、古代遺跡を出て、今度は採掘場や周辺の開発状況を見せてもらった。

 かつてのブギー盗掘団の面々も、チラホラと見かけた。

 元気にやっているようである。


「うむ。順調に作業を進めてくれていたようだな。ありがたいことだ」


 ブギー頭領とジョー副頭領、それに他の作業メンバーを一同に集め、俺はそう声を掛ける。


「ハッハ! そう言ってくれると嬉しいぜ」


「頑張ってきたかいがありましたね」


 ブギー頭領とジョー副頭領が笑顔で言う。


「この調子で頼む。ボーナスとして、これを振る舞ってやろう」


 俺はアイテムボックスから酒樽を出し、彼らに差し出した。

 さらに、酒が飲めない者もいるので、他にもいくつかの飲み物とツマミを用意している。


「おお! 気が利いてんじゃねえか」


「これはこれは、どうもありがとうございます」


 ブギー頭領とジョー副頭領が嬉しそうな顔をする。


「ひゃっはー! 今日はたくさん飲むぜ!!」


「ひーはー! 俺もだぜ!」


 ブギー盗掘団の下っ端戦闘員コンビがそう叫ぶ。

 ……ああ、少し正確ではなかったか。

 ブギー盗掘団は解散しているので、今はブギー採掘団と言った方がいいかもしれない。

 そして、今の彼らは下っ端ではない。

 現場からの推挙や文官トリスタの支持を受けて、俺の権限で主任採掘師に任命しているのだ。


「では、皆のもの、乾杯!」


「「「カンパーイ!!」」」


 こうして宴会が始まった。

 古代遺跡の探索、採掘場における採掘作業、周辺の開発。

 少し長い視点での取り組みが必要となりそうだが、進捗自体は順調だ。

 ブギー頭領やジョー副頭領に任せておけば、うまくやってくれるだろう。

 俺は満足感や期待感を抱きつつ、みんなと共に宴会を楽しんだのだった。

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