610話 アランの謝罪

 翌日になった。


「今日は……。西の森の奥地にある採掘場を視察する日か」


 この半年ほど、俺はハイブリッジ騎士爵領の発展のために奔走してきた。

 農業改革、冒険者や衛兵の戦力の底上げ、治療回り、西の森の開発、その奥地にある採掘場の整備などなど……。

 少し前は農業改革に力を入れていたが、それは軌道に乗ってきた。

 冒険者や衛兵の戦力の底上げと治療回りは、継続的に行っている。


 内政として次に注力すべきは、西の森の開発と、その奥地にある採掘場の整備だろう。

 そろそろ結婚式や叙爵式も控えているので、それらの続きは配下の者に任せることになりそうだ。

 とりあえず、今のうちに見れるところは見ておくつもりである。


「出発予定時間まで、まだ時間があるな。……ん?」


 ふと屋敷の正門を見ると、門番をしている二人の警備兵の傍で、誰かが土下座していた。


「昨日のアランじゃないか。また来てたのか……」


 俺は正門の方へ歩いていく。

 足音を察知したのかピクリと反応したが、顔は地面につけたままだ。


「おい、アラン。またお前か。土下座なんぞしても意味がないぞ」


 俺はアランに声を掛ける。


「うぐっ! ……ハ、ハイブリッジ騎士爵様! ……いや、我が神よ! どうかお許しを!!」


 アランは一瞬だけ顔を上げたが、すぐに地面に戻した。

 そして、再び土下座の体勢に戻る。

 俺が神……?

 何を言っているんだ。

 首を傾げているところ、警備兵の2人が口を開いた。


「アラン君といったか。ずっと屋敷の前に居られると迷惑なんだ」


「そうそう。タカシさんが困っているよ」


 ネスターとシェリーだ。

 ここ最近のシフトでは、今の時間帯はこの2人が担当している。


「そこを何とか! 俺は心を入れ替え、真面目に働くことを誓います!」


「そう言われてもなぁ……」


「ねぇ?」


 ネスターとシェリーは困惑しているようだ。


「あのな、アラン。俺は別に怒ってないぞ」


「えっ!? そ、そんなはずは……。あれほどのことをしちまったのに……」


 確かに、アランは初対面の俺に対し、頭から水を掛けるという蛮行を働いた。

 その直前には、善意で提供した酒瓶を叩き割られている。

 あれはもったいなかった。

 だが、俺はそんなことで怒るほど心の狭い人間ではないのだ。

 ……正直なところはムッとしていたが、現場にいたネリーやクリスティの忠義度稼ぎになるかと思い、頑張ってガマンしたのである。


「本当に怒っていないとも。パーティメンバーの2人からは聞いていないのか?」


 アランの仲間2人も、当初は土下座して謝ってきた。

 しかしその場で許しを与えたのである。

 その時のアランは極度の疲労で意識が混濁していた。


「いえ。確かにあいつらもそんなことを言っていましたが……。『ハイブリッジ騎士爵様が許してくれた』『寛大な御方だ』とか……」


「なんだ、聞いているんじゃないか。じゃあ何で俺が怒ったと思っているんだよ?」


「あ、あれほどの蛮行を働いておきながら、あっさりと許す御方がいるとは到底信じられず……。ほ、本当に許していただけるので……?」


「最初からそう言っている。昨日も、『土下座なんてする意味はない』と伝えてやっただろう? 俺は些細なことを根に持つタイプではないんだ」


 俺の言葉を聞いたアランは、ゆっくりと顔を上げる。

 目には涙を浮かべていた。


「あ、ありがとうございます!!」


「だから、もう土下座なんぞしなくていい。ただし、今後は自分よりも格下と思った奴にも、決して舐めた態度を取るなよ。ハイブリッジ騎士爵領の発展のため、これから一緒に頑張ろう」


「はい!! 分かりました! 二度とあんな真似は致しません! 一生懸命働きます!」


 アランは感極まっているようだ。

 忠義度は……。

 40手前ぐらいか。


 加護(小)を付与するには至らない。

 しかし、彼と会ってから1週間ほどしか経っていないことを考えると、歴代の中でもトップクラスの速さで忠義度が上がっている。

 この様子だと、近いうちに加護(小)の条件を満たしそうだな。

 Dランク冒険者なので雪月花やトミーよりも能力は少し落ちるのだが、そこは今後の頑張り次第で挽回もできるだろう。


「さて……。そう言えば、今日は西の森の奥地にある採掘場の視察を行うんだ。アランも付いてくるか?」


「え……?」


「予定が入っているのなら、無理にとは言わないが」


「い、いえ! 是非ご一緒させて下さい! 働かせてください!」


 アランは急に元気になった。

 そして、俺に尊敬の眼差しを向ける。


「分かった。あと1時間ほどで出発する予定なんだ。その間にパーティメンバーを誘ってくるといい。もちろん、アラン1人でも構わないぞ」


「分かりました! では失礼します!!」


 アランは一礼すると、正門を出ていった。

 俺はそれを見送り、屋敷内へと引き返す。

 そのとき、背後から声が聞こえた。


「……なんか、すごいね」


「ああ。やはりタカシさんは、とんでもない御方だ。それに相応しい配下になれるよう、俺たちも頑張らないとな」


「ええ。キリヤ君、ヴィルナちゃん、ヒナちゃんは、ここ半年でメキメキと実力を上げているものね」


「それに、数日前からはクリスティ君もだ。戦闘能力だけなら、警備兵の中でも俺たちが弱い部類になりつつある……」


 声の主は、シェリーとネスターだ。

 この2人の忠義度も、長い目で見れば微増傾向だ。

 ミッションを達成した今、彼らにも加護(微)が付与されている。

 しかし、加護(小)を付与されているキリヤやヴィルナたちに比べれば、その恩恵は限定的だ。

 彼らが焦るのも無理はないかもしれない。


 ま、ネスターとシェリーは真面目に働いてくれているし、今のままでも問題はないのだが。

 機会があれば、また忠義度稼ぎを狙ってみるか。

 俺はそんなことを考えつつ、屋敷内に戻ったのだった。

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